三宅哲之の体験談

43歳会社は通うのみ、ひたすら転職活動の赤裸々な記録|三宅哲之が独立起業に至るまでの黒歴史(日記より抜粋)

本記事は、代表三宅が独立に至るまでのサラリーマン数年間に綴っていた日記の中から、当時の様子がリアルにわかるものを抜粋したものです。
 
独立起業して10年以上経ったある日、身のまわりのものを整理していたら、一冊のノートが見つかりました。そこには独立する数年前、現状に行き詰っていた頃の毎日が記されていました。全く忘れ去られた過去でした。
 
上司からの陰湿なパワハラはピークを過ぎ、会社では仕事を失う状態。毎日ただ通うだけ。40代半ばで思うように進まない転職活動。そんな中、外部セミナーに参加したりで少しずつ外の世界を実感していく・・・その日その日の心境が赤裸々に描かれています。まさに黒歴史です。(2008年4月からの記録)
 
三宅自身こんな最低の状態から試行錯誤を重ね、今では10年会社を運営するところまで至りました。「今がつらい」「行き場がない」と思っていたとしても、健康であること、前を見ることを忘れなければ必ず道は拓けます。そんな勇気の材料になればと思い、公開することにしました。ピンときたところをお読みになってください。元気を出していきましょう!(随時追加更新中)

くもりのち雨のち薄日(2008.8.13)

先週、一次面接を受けてから今日で1週間が経過。日中、携帯に入るメールにドキドキしながらの毎日です。1週間…これだけ開くということはまたダメってことなのかなあ?頭を巡るのは、ああすればよかった、こう言えばよかった…の後悔ばかり。
 
次の会社のチャンスがありますが、仕事の内容はバッチリな一方、かなりスタートアップ時期の会社でリスキーなところがあります。もう一社でも並行して進んでたら気が楽なんですが。思いっきり後ろ向きですね~情けない!結果を待たされるのって、こんなにもイヤなものなんですね。
 
1ヶ月前に応募しながら、音沙汰のない人材会社へ探りを入れてみました。2件とも別の人で決まったとのこと。だったら連絡して来いよ(怒)他とは少し色のちがうエージェントと感じただけに企業と会うくらいできるだろうと期待していたのですが…これで応募中の案件はバッサリ減って残り6社。
 
やっぱり転職できないのでしょうか?今の会社で生き延びる手だてを考えないといけない。無理だなあ…と書いてる途中にメール受信。一次面接中の会社、通過!二次面接だそうです。
 
やった!次回日程はお盆明け。とりあえず前を向いて休めそうです。
 

お盆明け始動(2008.8.18)

お盆明け。3泊で家族と毎年行く「海の家」で夏休みを過ごしました。息子は、プールと心中したいくらいの勢い、たのしそうでした。泳ぎ方をみて、成長したなあ・・・実感します。北島康介の金メダルもあって、平泳ぎは北島になりきりましたが、進み方は10分の1・・・だめだこりゃ笑 
 
今日はお盆明け月曜日ですが、1日スライドした関係で休み最終日。お盆前、書類選考に応募した会社から通過の連絡。面接は木曜日とのこと。これで水曜、木曜、翌週火曜日と面接3連チャン!
 
あと、セミナーの集まりで知り合った仲間とコミュニティを主宰することに。彼の動きが良くて、来週実施で段取り進行中。お盆明け、少し勢いが出てきたかな~
 

現状への末期症状(2008.8.20)

夏休み明け、会議がありました。時節柄、次の期の話が出てきます。でもアホらしくて聞いてられません。改めてこの心境になって聞くと、よくもまあこんなに代わり映えひとつせず、毎年毎年同じ事をやってるもんだと呆れてしまいます。
 
会議後の懇親会。あいつ(トップ)の悪口談義に花が咲きます。「誰か差し違えたら?」そんな声も出てました。呑んだ席ではみんな大きなことを言ってます。まさか退職伺を出すなんて、あいつを含め誰も思っていないはず。そんなあんな小さなやつのために退職伺なんて情けないのですが…
 
帰り際のこと。「何か理由つけて来てくれませんか?あなたの話が要るんですよ、今の営業には!」この1年、特に肩入れして思いを伝えつづけた現場のリーダーが言ってくれました。有り難いです。救われる思いでした。わかってくれる人もいたんですね。
 
会議で話すこともなくなりました。飲み会でも話だけ合わしながらひとこともしゃべりません。それが影響して、プライベートの集まりでも話ができない。あげくは家族との会話も減ってしまう…もともと口数が多いほうではないですが、こんな人間ではありませんでした。あいつが及ぼした影響はとんでもなく大きなもの。
 
まず家族と自分の復活。そしてこれだけの被害を及ぼしたあいつへの報復。この1年どれだけ苦しい思いをしたか…いやな言い方ですが、腹の虫がおさまりません。
 

初の二次面接(2008.8.21)

人材系の会社、2回目の面接。面接官は前回と同じ営業部門を統括する取締役。
 
開口一番、「どうですか、その後?」「頭を整理するのにいい期間をいただきました。ぜひやらせていただきたいと思ってます」「前回ハラを割ってお話いただき、Kさん(面接官)とご一緒に仕事をやらせていただけたら!と感じています」と少しヨイショも入れて。
 
「何でそう感じたのですか?」(お、来た来た・・・)以下もろもろ会話・・・面接官は、前職でホテル営業をしていたらしく、その経験から法人営業には自信を持っているようです。
 
「経歴でハイライトになるところを詳しく教えて」「質問を受けながら話を広げましょう」と進行。質問には、的確に明瞭に答えるとのバイブルが頭にあり、ムダなことはできるだけしゃべらないようにしました。(結構しゃべりたい気持ちをおさえつつ・・・)
 
不安材料が2つ出ました。意志決定は誰がするのか、そのにおいに当たりをつけて周辺情報を集める営業活動をもっとやらせたいとの話。法人営業経験が実質ないので未知の領域で少々不安。次に英語力が必要なこと。毎日のメール読解と月1回の英語会議。ゲッ!
 
でも、メンバーと会話する機会をつくってくれるとかかなり語り口はシャープできびしいけど、便宜を図ってくれて有り難いかぎりです。
 
帰り際、「ま、また頭を冷やして考えてください」とひとこと。ほんとその通り。気がつくと、1時間半。疲れました。キャリアチェンジをしようとするのだから、このくらいの苦労は当然かな?でもきつそうですね。8ヶ月にも渡るくすぶった期間からの充電が必要です。相手は、即戦力を期待しているのですから。決断のとき!
 

けったいな面接(2008.8.22)

昨日に引き続き面接連チャン。相手は、お盆前に応募、お盆明けにいきなり通過連絡のあった無線機器企業。大阪地場の会社らしく、面接官もベタベタの大阪弁。
 
約1時間、法律上ハードルがどうした、モトローラに太刀打ちできない、設計が強く営業が弱いとか売れない・・・社内実情を一人でしゃべりたおす。途中で「どうですか?こういう状況で売上を上げたいんです」と少しだけ振ってくる。
 
と言われても、ぶっちゃけで答えていいものか考えることもできません。ひとしきりしゃべって、「ああ時間がない。オレがしゃべったらあかんのに」と。通勤は?酒たばこは?希望年収は?正直に。など事務的に聞いてメモをとる。
 
結局、「やりようがあります。面白いと思います」ひとこと、ふたこと言っただけ。結局用意した話はひとつもせずじまい。はあ?って感じでした。1時間のうち55分強、相手がしゃべっていたという感じ。
 
「幹部や設計や年上とケンカしてでも大きく舵取りできる人」「5年も待てない。すぐ取締役になれる人を必要としている」「若いしなあ…」「バイタリティはあるし、経歴もピカイチ。けど迷ってます。つぶされるんちゃうかな…」「2次、受けてみます?」
 
変わった会社(面接官)でした。こういう面接もあるんですね。2日連続の面接、雑念が入らないようその日その日で企業情報予習を実施。この年でなかなか体験できない貴重な2日間でした。それにしても今の会社がどんどん色褪せて見えます。
 

妻も大変、家庭も大変(2008.8.23)

社内のお客さん向け展示会へ。年1回の重要イベントのはずですが、毎回毎回同じような演出、同じようなメンバーで代わり映えしない。いつものムード、なあなあでやっている。いやですね~つくづく。何の刺激もありません。
 
みんな何とも思わないのでしょうか?これで給料もらえるからそれでいい?他の会社もこうなんでしょうか?そう思えないのは、この境遇にいるから?もちろん拍車をかけてるのは事実ですが、絶対おかしいと思います。変わり者ですね、ハハハ
 
妻がいろいろストレスをためています。昨晩ひとしきり聴きました。中3娘の進学問題、それに伴うお金のこと、学費のことを考えると年収ダウンは許されない状態なんです。小6息子が遊びほうけて言うことを聞かないこと、自分の仕事のこと、友人との付き合いのこと、そして口には出しませんがダンナの不安定な仕事のこと。なかでも娘のことが最大事です。
 
そりぁそうですね。本来なら私がもっと一緒になって考えないといけないし、彼女もそうしてほしいに決まってます。でも長きにわたるこの状況、余裕がないのでやれてません。それどころか自分の話を聴いてほしいくらいという感じ。
 
フルタイムで働き、妻は妻でいっぱいいっぱい、とても言える状態ではありません。今日は、帰って娘と話してみます。解決策は、一刻も早くこの状況を脱することです。結構つまってます。ま、健康だから何とかなるか!
 

1週間がはじまると・・・(2008.8.25)

新しい1週間が始まりました。月曜恒例トップのマスターベーション活性化会議は、来期どうするかというテーマでした。上司からこうしゃべるようにと言われた模範解答を話しました。上司と部下が組み立てた内容。本来ならこんな屈辱的なことはないのですが、もうどっちでもいいので淡々とやりました。トップも私の番になったら退席して、まあ露骨なもんです。
 
セミナーで知り合った人から、「東京人材銀行」や「しごと情報ネット」の情報を教えてもらいましたが、年収レベルできびしそうな感じです。
 
先週末、書類選考で2社アウト。これで書類選考中は、ゼロになりました。2月に転職活動を始めて7ヶ月、29社応募して6社面接。人材紹介会社に言われた通りの2割の確率で、進んできています。40歳すぎ、年収800万以上希望の実態です。
 
家族のため、年収を守らないといけない。一刻も早く今の職場から出ていきたい。この2つの矛盾のなか、今のところ望みのある選択肢はたったのひとつ。昼間、会社にいて死んでいる状態がもう限界まできています。
 
明日は、研修教育会社の営業マネージャー面接。設立1年、社員3名のスタートアップの会社。仕事内容はいいのですが、ギャンブル性が高く、きびしいところです。
 

立ち上げ期ベンチャーの会社面接(2008.8.25)

研修教育系の会社と一次面接。19時すぎからホテルのロビーラウンジでという異色な設定。しかも社長自ら面接の場に。最初に名刺を渡されました。パソコンを見ながら、タバコを吸って・・・お堅い面接とはかけ離れた雰囲気でした。
 
「じゃあ、やり方はお任せしますのでPR含めて、自己紹介してください」「えっ!」と内心思いましたが、とりあえずやってきたこと、強みをざっと話しました。(あとで考えると足らずが多かったですが…)
 
「最終部長代理ということのようですが、部長は難しかったのですか?」社長へ進言し、それ以降昇格が止まったことに触れると、「進言内容を具体的に教えてください」「今、進言したことをどう思ってますか?」とツッコミがありました。
 
「子供さんは?年齢は?」「これから教育費がかかるとき、この年収を捨ててでもやろうとするのは?」その後、最初にきちんとお伝えしたいこととしてリスクの話がありました。
 
「正直年収が重いですね」「求人側がぜひ来てほしいなら上がるけど、転職したいからと雇われる側からの話なので一般的には下がりますよね、きびしい話ですが」「スタート時は下がります」「やりようによって2~3年で元に戻る可能性があります」
 
「たった3人の会社、この先どうなるかわからない。何でも屋になることをきちんとわかっておいてほしい」「今日も自ら研修講師をやって、面接の後も打合せがある、そんな状況です」といった釘さしがありました。
 
現在1億、5年で10億が目標。ビジョンは学校法人をつくること。一貫して社会に通用する人材を育てること。提携会社の領域が拡大することをふると、持っていった履歴書の封筒に図解しながら、これからの話を熱く語ってました。
 
ビジョンとこれからの話には大いに共感しました。私へのミッションは、今いる3人のメンバーの営業マネジメント、新規開拓を含め自ら営業にまわること、チームビルディングのための採用活動の3つとの説明。
 
面接相手の社長は、なんと3歳年下でした。研修講師陣を含め、ソニー生命出身者が多いので聞くと、「ソニー生命は一匹狼の集団。結果さえ出せばいいと連中ばかり」「研修事業は、講師を抱えると採算がきびしくなる」「外部から研修に入ると、2~3日だけしかできない。これでは定着がむずかしい」「今日の証券会社の研修は、50万×2日×8グループ。こんなイメージですよ」と会話の節々に情報が入っていました。
 
仕事の内容、やりがいともにありますが、リスクが大きすぎます。夫婦二人だけか子供が小さければ、チャレンジしがいがありますが…あと10年早く出会ってたらなあ。でも、いずれこの分野で独立したいとも考えてますからチャンスではあるし…う~ん、悩ましい選択です。妻にも説明しづらい話です。
 
それにしても、子供さんの教育費は大丈夫ですか?と改めて聞かれると、えっ?と我に返ってしまいました。一人じゃないから…自分のやりたいだけでは事は進められませんよね。
 

面接失敗経験からの心得(2008.8.28)

これまで数回面接をやってきて、人材紹介会社のアドバイスやマニュアルで、実際にこれは活きた!というのを整理してみます。
 
大前提は、相手企業担当者が面接で何を求めているのかから発想することです。相手が求めるのは、この人が「即戦力」としてやってほしいタスクを実現してくれるのか?という一点です。つい自分のPRをどう伝えるかばかり考えてしまいがち。でも、自分の売り(つよみ)が企業側のニーズとマッチしてなかったらどんな素晴らしい経歴も意味がありません。
 
当たり前のことを言うなと思うでしょ?でも自分のことで精一杯になりがちですなんですね。必死ですから。こちらからすると、相手に何をしてあげられるのか?準備は頭を冷やして考えましょう。
 
では心得。基本ストーリーをつくる。シンプルにキーワードを絞って。相手が端的に理解できる程度にまとめないといけません。・これまて何をやってきたのか?・その中でハイライトになるものは?・それをうけ、強みは?・転職理由は?・御社を選んだ理由は?・会社に入って何がやりたいのか?
 
このストーリーが頭にあると、質問がどこからきても安心です。気持ちにゆとりが出ます。最初の数回は、Q&Aを箇条書き、丸暗記しようとして失敗しました。新卒ではないんです。臨機応変にいけないと。
 
そのためにも基本ストーリーをハラに落としておく必要があります。私の場合は、このながれを紙に書いて頭に写しました。あと一般的なマニュアルは新卒向けに書かれていることが多いので要注意。例えば、自分の成長のためには良くないようです。これも言ってしまいましたが…キーワードは、「即戦力」です。あくまでこのことを忘れないように。
 
先週二次面接をした会社から1週間連絡が途絶えています。前に進まないのでしょうか?返事を待つ間って、ほんと生殺し状態ですね。昨日のベンチャー企業との面接、長きにわたってくすぶり続けてきただけにかなり刺激的でした。もともと、自分の中にあるフロンティア精神が呼び覚まされた思いです。今日会社に来て、まったり感と井の中の蛙200%感を再認識させられました。
 

出るのはため息ばかりなり(2008.8.30)

今日は、かなりネガティブモード。先週一次面接だった大阪の無線会社より見送りの連絡がありました。他の人を選んだのだとか。面接官の話を聞かされるだけで、ほとんどしゃべれな変な会社で、どっちでもよかったのですが、落とされると気分悪いですね、やっぱり。
 
二次面接を終えた組織人事系の会社からは、なしのつぶて…不安ばかり募ります。会社ではこれといった仕事もなく、やっていること全てがバカらしく感じられる。部の仕事は自分が一手に握っていて、自分がいなかったら仕事はまわらないといわんばかりに幅をきかす部下がいます。
 
今日は、彼に指示を受けての出張。「これとこれを確認してきてください」「資料はこれで、先方にはここまで話してありますから、ここだけ伝えてくれたらいいですから・・・」「はいはい了解…」
 
本来、主体性のない仕事の仕方が大きらい、人から指示されるのは、まっぴらごめんタイプです。なのに、自分を殺して毎日を送る。この生活もかなり限界です。長すぎるんですね、こうなってからが…なんか性格までおかしくなりそうで怖いです。ほんと転職なんてできるんでしょうか?ふぅ~出るのはため息ばかり。
 

まさにジェットコースター状態(2008.8.31)

組織人事系の会社から、次ステップの連絡がきました。とりあえず、ホッとしました。前回、「一度営業メンバーと話してもらう場をつくりましょう」という話があってから9日も間が開きました。この間のヤキモキは、ブログに書いた通りです。
 
転職エージェント担当者からTELあり、「面接官的にはほぼOK、次回はメンバーの方との相互理解。うまくいくといいですね」とのこと。一点勝負、気持ちにゆとりなし。ほんと寿命が縮む毎日です。
 

夢を語る会(2008.8.31)

セミナーで知り合ったBさんとの企画で、週末コミュニティを開催、5人のメンバーが集まりました。一人目、Yさんは、アニメイラストレータ。「自分のキャラクターを世の中に送り出したい!」なるほど小冊子を持参してくれましたが、スゴイ才能です。
 
紅一点、Pさんは、パーソナルカラーという粋なスキルの持ち主。「色で人生が変わったを実現したい!」
いいですね~三人目、Nさんは、アイデア具現化ものづくりプランニングス。ピピッと来るネーミングです。3DCADの達人。「自分のつくったものが人に役立っている!」すばらしい。
 
そして、今回の発信人Bさん。「自分の思想を完成させること」「大勢の親族に囲まれて楽しく過ごす老後」(ただし100歳以降)「納得のいく死に方を見つけ、その通り死ぬこと」Bさんは、いろんなことにチャレンジしたいタイプ。話すと刺激的です。
 
何よりうれしいのは、みんな純粋にそして熱く思いを語ること。全員に共通する温度です。あっという間の2時間半でした。次回は11月。会の名前は、「くらら会」。Yさんのキャラクターにあやかりました。それまでに自分として前進したことを語り合おうというテーマで決定。周囲のココロある仲間にも声がけ、輪も広げようと。立場も環境もちがうけど、思いは同じ。たのしみな集いが誕生しました。
 

知らない世界はたくさんある(2008.9.3)

人と組織の専門家の会社社長の講演があるということでセミナー参加しました。以前から興味があった人です。テーマは、「経営理念を中心とした組織づくり」。「理念は、社員を巻き込んでつくる。幹部だけでつくって
はいけない」そうなんですよね。参画意識なんですね。参画していると主体性が出る。すべては構成メンバーの「自発性」をどう引き出すかにかかっているのではないでしょうか?こういうジャンル、好きですワ。
 
その後、株式公開を支援する会社の社長講演。この分野、まったくの無知なので勉強になりました。社員4人、年商7千万円で株式公開をしたところというこの人、頭はいいし、自信はあるし、迫力あるし…なかなか日頃まわりにいる人種ではありません。13年サラリーマンの戦略畑をやっていたという経歴、48歳。とてもその年齢には見えません。
 
「新興株式市場には、もっとスゴイ、オーラを持った人がいます」とか。そうなんや・・・知らない世界はまだまだあるんですね。なにより、隣に座った同世代の経営者が必死にメモをとっている姿が印象的でした。あとでわかったのですが、経営者が集まる場だったらしく、いつも顔を出す週末起業の集まりとはちがう空気がながれ
てました。IPOの話とか縁がない話、それを真剣に聴く経営者たち、名刺交換の列…なかなか刺激的でしたヨ。
 
明日の組織人材系の会社の3次面接について、転職エージェントから連絡。「ちょっと特殊で、営業メンバーの人が面接官です。ちなみにマネージャークラスを採用するということはオープンになってないそうです。一緒に働きたいかどうかの見極めをするそうです。営業はどんなスタンスでやってきたかの質問があると思うので、その頃を思い出して答えてください。」(ムム、それはそれでむずかしいなあ)
 
いつも担当者が夏休みで、上司のマネージャーからでした。このマネージャー、以前模擬面接で手厳しく指導を受けた人。でも、おかげさまで、あれ以降一本ストーリーを持って、面接に臨めるようになりました。お礼を言うと、「あと少しですよね、がんばってください笑」模擬面接のときはニコリともしなかった人、なんか余計にウレシカッタです。
 

三次面接(2008.9.4)

組織人材系企業の3次面接。今のところ本命、一点勝負ということで会社1階で大緊張!こういう心境、いつまで続くんでしょう?ま、刺激があっていいか。
 
今日は、少し変わったやり方で、先方の配慮もあり、実際に職場のメンバーになる二人との顔合わせでした。彼らには、営業マネージャーの採用をするということはふせられていて、営業を採用するから会ってくれという
設定になっていました。注意すべきは、一緒に仕事をするメンバーとしてふさわしいかどうかということを見るはず・・・と人材会社に言われていたので、とにかく人当たりには気を配りました。
 
面談1人目は、少し年下らしき肩書が営業副部長。ベンチャーの会社だということ、自己完結の仕事の進め方だということをよく認識しておいたほうがいいと強調していました。大きな企業とはギャップが激しいですよと。
 
いろいろと日頃思ってることがあるのか、べらべらと1時間以上しゃべってました。「組織コンサルタントの方が合ってるんじゃないですか?」と言われ、(ほんまはそっちなんですが)いややっぱり営業でしょ!と答えてました。
 
2人目は、28歳最年少の入社1年目の人。「なんで私に面談の指示があったのかわからないんですけど…」と第一声。年上のオッサンを相手に話すのに苦労してました。笑顔で、どうなんです?と立場逆転で話を引き出してました。
 
「講師やってらしたんですか?相手の目をみて話されるし、目に熱いものを感じるし、コンサルタントの方がいいんじゃないですか?」と期せずして同じ言い方。そうなんですよ、そっちなんです…って言いたいところ。
 
「これだけの仕事、経歴、収入があるのに何で転職なんですか?差し障りない範囲で教えてください。不思議です・・・」とさかんに突っ込んでました。とか何とか話を聴いていると2時間半が過ぎていました。
 
中途採用しかいないベンチャー、年代バラバラ、キャリアバラバラ、価値観バラバラの個性集団、一匹狼の集まりということはよくわかりました。このマネジメントとチームビルディングがミッション、大変ですが、面白そうですね。
 
何とか次ステップへ進みたいものです。それにしてもやっかいなのは、日中コミュニケーションが激減した中、面接の間だけテンションを上げないといけないこと。何もなければ、こんなことに困ることなんてあるはずもないのですが。
 
といっても始まらないので、全精力をかけて持ち上げるしかない。一回ココロをやられると、そこから抜け出すのは大変です。
 

落選通知!面接はむずかしい(2008.9.5)

10日前、一次面接をした教育研修系のベンチャー企業、落選通知が来ました。仕事内容的には、一番やりたいものと合致してましたし、リスクは高いものの今後の可能性がある企業だっただけに残念です。
 
それしても、面接の難しさ痛感しています。このときも社長がこういう事業にしたいと私が持っていった履歴書を入れた封筒に図解しながら熱く語っていました。そこまで話すのなら、それなりに感触があって話しているのか・・・と思いきやそうではない結果。
 
めぐり合わせか、相手がしゃべるたおす場面に結構遭遇します。相手がしゃべっているときは、じっくり聴くべし!と心得ているのですが、その時間で面接時間のほとんどを割かれてしまい、あげく自分のPRをできる時間があまりなく、消化不良で終わる。そしてふたを開けたら、落選でした・・・というのが多いパターンになっています。
 
相手ありき、しかもわずか1時間で結論を出すという面接、その駆け引きが本当に難しいです。昨日本屋でたまたま本を見つけました。著者は、転職エージェントの最大手リクルートエージェントの「カリスマアドバイザー」です。エージェントの特徴はなんといっても、「応募者側と採用側両方のホンネを熟知している」ところです。とコメントがある通り、なかなかの内容。昨日の面接前の調整時間と今日の通勤電車の中で一気に読み切りました。
 
30歳代までをターゲットに書かれている感じで、40代にぴったりとはいえませんが、型にはまった面接教科書
ではなく、より実践的です。もっと早く読んでおけば!って感じです。
 
面接は、作戦が要ります。そのまま正面からぶつかっていけばわかってくれる・・・そのノリでは突破が難しいそれよりコツをつかめば、クリアできる、そんな気がしています。昨日の面接も「何か聴きすぎたよなあ~」と後悔が出てきて・・・終わった後の結果を待つ間って、ほんまつらいっスね
 

パワハラ記録(2008.9.7)

今日は、私が今の状況へ追い込まれる引き金となった上司のパワハラ記録を記しておくことにします。(今さらですが)忘れないうちに。ちなみに、専門家へのメール相談の抜粋です。(ちょっと長文です)
 
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1年半の単身赴任を終え、昨年4月に現部署に転勤しました。上司を仮名Aとします。着任時、Aは支社No2の立場にありました。約3ヶ月経過した後、それは始まりました。
 
通称「お説教部屋」と言われる自席の横の会議室に呼ばれ、昏々と始まります。一度入ると、2時間、3時間というのはざらです。扉が閉まると、中でどんな会話があるかは周囲は知るよしもありません。(当時周囲の人たちも私を非説教No1という目で見ていたようです)
 
ほんの一例(Aの語録)を書きます。<その一部を書いたノートより>
 
3ヶ月経った頃、「人事のことだ。お前が今までやってきたことは全く意味がない。泳がせたのも失敗だった。このままだと大変なことになる。お前の性格が問題。お前の人生がかかる。どうする?」(人事権・評価をたてに脅す)
 
「そういう暗い顔しかできないのか?苦しいときこそ笑うんだ」「以前お前がいた部署で何と言われていたか知っているか?数字意識のないとんでもないやつだと」(ウラ情報を集めては、欠陥を責める)
 
「組織として動けない。一匹狼。勝手に動く。オレをそれを直そう直そうと努力しているのにその恩にもこたえない。お前の重大欠陥だ」
 
メールで発信したらすかさずこんな叱責が入ります。「これは全体と調整をとったのか?ちゃんと全体を見てやれとあれだけ言っているだろが!」(ひとつひとつに全て細かくチェックと批判が入る、結果身動きとれなくなる)
 
「お前はそのうち組織から排除される。閑職(例を挙げ)しか行き場はないな」「ひとつの仕事しかしていないのにこのありさま・・・バカか」「10月以降で結果が出る。お前は自分の弊害が見えてないな。周囲の人たちにもお前の欠陥がわかりつつあるんだぞ。みんなそう言い始めている」
 
出張することを非難され、「電車がないと仕事もできないのか?何なら会社へレール敷いてやろうか?ハ?」いずれ食欲もなくなり、昼食をとばしていると、「お前はメシも食わんのか?倹約か?変わったやつだな」「周囲とのコミュニケーションすらできないのか?ハ?」
 
「スキル、意識いや人格の問題だ」「どこにも引き取り手がなかったお前を本社の総務部長からのたっての依頼でオレが引き受けてやった。わかってるか?なのにお前はオレの意向を裏切っている」
 
「お前は罰点だらけ。○○バツ、○○バツ、○○バツ・・・(過去の幹部の名前を並べて)今の社長がなぜ受け入れたかは知らないが、オレがOKしなかったらお前は単身から戻れなかったんだぞ」
 
支店に行った際の話を引き合いに出し「営業と話したらこう言っていた。“何で部下を使わないんでしょうね?あのやり方では営業はついていかないと思います”と。オレが思っていた通りのことを言っていた。行動を変えないと間違いなく不幸になるぞ」(実は根も葉もない話)
 
自分の側近である部長(今の私の上長)を呼び、
 
A:「今こいつがこう言っているが聞いているか?」
 
部長:「いえ、初めて聞きました(←その前に報告しているにもかかわらず)」
 
A:「オレの言っていることが間違っているか?」
 
部長:「その通りです」
 
側近である部長が反論するはずがありません。まわりに何も言わせない。言うと自分に戻ってくるように外堀を埋める。結果、自分の正当性を認めさせます。そう悪いのは私だけです。
 
こうしたやりとりが毎日ありました。こちらにはひとことも話させないようにプレッシャーをかける・・・数ヶ月でノイローゼになりました。要するに、やることなすこと事細かく批判され、あげくは会議での一語一句、メールでの言い回しひとつ、もっというと宛先までチェックされ、身動きすらできなくなるという状況に追い込まれたわけです。
 
「だからお前という人間はだめなんだ。わかるか?」「そこがお前の”欠陥”だ。」仕事の仕方ならまだしも、「人間性」まで非難されるとさすがに心の底から憤りを感じる毎日でした。次第に毎朝が憂鬱になってきました。びくびくしながら、席に座るという毎日になりました。
 
5月に入ってすぐ面と向かった会話を一度だけしました。周囲が元気がないと言っていること、それから自己申告という定例制度で部署を変わりたいと書いたことが理由だと思います。
 
「変わりたいのか?今の仕事には飽きたのか?」「どういう仕事がしたいんだ?営業?お前には無理だ。
お前ならこういう仕事だ」「お前が渡り歩いていることは、幹部層は知っている。だからウエルカムで受け入れてくれるところなんてないんだぞ。そのことをよくわかっておけ・・・」
 
評価と人事権を握っていることをたてに責めこんでくる。評価を下げる・閑職へとばすことをにおわすサラリーマンの弱みを逆手にとった巧妙なやり方です。
 
今年4月よりAは支社長(拠点トップ)に昇格しました。そうです。この会社にいるかぎり、私の運命は全てAに
握られたということです。春先から周囲から「彼の元気がない」という声を察知してからというもの、今までとまったく逆で何も言わなくなりました。周囲(特に目上の人間)には、必要以上に気を配るタイプなので、こうした悪評がモレるのを恐れてのことだと思います。
 
現在は、私の上長になった側近部長経由で仕事を干され、毎日これといった仕事もなく会社に通っている現状です。例えば、課長でありながら、直接担当へ仕事の指示が出る、たまに私に指示があったときは、必ず同じ指示が担当にも出ている・・・決済権はいっさいなし。ただ席に座っているだけ。要は存在感がない状況ということです。(ちなみにAは現在は、標的を変え、一人の部長を追い込んでいます。その部長は心労で体重を10キロ近く減らしたようです・・・)
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以上です。
 

振り返り思うこと(2008.9.8)

30代後半、会社の将来を一心に考え、それこそ家族を犠牲にして一大プロジェクトを完遂しました。その後も新しい仕掛けを提案しつづけました。数年後、会社は当時私が描いた方向へ進みつつあります。というか、末期的状況なのが誰の目にも明らかなのに、いまだ決断もせず、なし崩しで止まっていることばかりです。
 
まさに、「ゆでがえる」状態です。転職活動を始めたことで、より客観的、冷静に見えています。そして自分は、閑職に追いやられ、精神的にもズタズタにされ、またしても家族に迷惑をかける結果になりました。あらためて、いったい何だったんだろうと感じます。
 
価値を理解してくれない会社にいても何の意味もありません。自分に価値を見出だしてくれるフィールドで、自分を成長させたいと思います。
 
ただ一方で、半年近く転職活動をして、いまだ埒があかないということは果たして活動が合っているのか否か、冷静に考えてみる必要があるのかもしれません。
 
目指すゴールは、いつまでに、どうなりたいのか?そのためには今なにが必要で、この1~2年でなにをしないといけないのか?そしてそれをやるためにどんな環境がいるのか?再度頭の整理をしてみます。
 
今この場から逃げ出したい!この感情が焦りを募らせます。じっくり腰を据えて考えるべきこと、でも気持ちにゆとりがありません。こういうときって、こんなものなんでしょうかね、きっと。
 

後悔先に立たず(2008.9.9)

3次面接を担当した営業メンバー宛に、お礼メールを打ってしまいました。一点勝負、これを落としたら後がないと焦る気持ちがそうさせてしまいました。何もせず先方からの連絡をじっと待つべきだったかもしれません。これまでの落選は、押しの弱さが災いしてそうな気がして…
 
それに今日、会社に行って10月以降の人事の発表があったり、うっとおしい確認をしながらも、唯一きちん
と段取りしている仕事を私がいないところで部下と上司で勝手に変更されていたり…冷静さを欠いてしまいました。いかんいかん。じっくりいかないと!
 

全国取引先イベント(2008.9.10)

全国の有力取引先を一同に集めるイベントの随行に行きました。席上、「北海道の○○です。あの時教わったゴールの話、やってますよ。ありがとうございました」と声を掛けてくれました。驚きました。私は覚えていない人でした。そして、あちこち歩いていると、他の地区の人からも同じような声が。
 
当時、大プロジェクトを立ち上げるにあたり、全国を飛び回ったときに残した足跡です。あれから7年も経とうとしているのにありがたい限りです。ちなみにこっちは顔を忘れてたりしてますが (苦笑)あの頃、必死になってやっていたこと、間違ってはいなかったんだと感じる瞬間でした。
 
観光コースの裏方をやっていて、そのまた裏方をやるJTBの人たちや、バス運転手とバスガイドさんの息の
あった連携をみたり・・・ほんと世の中にはいろいろな仕事があるんですね。
 
1ヶ月前、下見に来て今日が本番、本番のときには身の振り方が決まってるかなあ?決まっててほしいなあ・・・と希望的観測がありましたが、残念!まだでした。というかまた面接後の返事がなく、またしても生殺し
状態になっています。
 
今日もメールを開けて人材紹介会社からの連絡を確認するときのドキドキ感、とんでもないものがあります。寿命が縮まるゥ~姑息な手段をつかったものです。後悔!あ~あ、早くすっきりしたい!
 

逆境とチャンス(2008.9.12)

一大イベントが終わって会社へ。来期の行事の話とかいろいろやってます。全く興味がないどころかそういう話を聞くだけでヘドが出そうなくらいこの職場がイヤになっています。来月早々には、アイツが企画した懇親目的のソフトボール大会が予定されています。
 
日に日にその話題が広がってます。私にとっては、とんでもない話。それまでに決着をつけたい!くだらないとは思いますが、結構大きな問題です。本来の自分とは正反対の自分を演じつづけて半年以上、もう限界まできています。
 
愛読しているメルマガにタイムリーなフレーズがありました。
 
「チャンス」は、「不運」という顔をしてすぐそばにいたり、「逆境」のなかに潜んでいたりして、それを手にするためには、泥沼に落ちたダイヤモンドを探すような行為を必要とするけれど、泥沼に入っていく勇気と行動の事実がなければ、決してダイヤモンドを拾うことはできない。
 
泥沼だと思って、ぬかるみに足をとられ苦しみ、不満をぶちまけ、愚痴にまみれ、文句ばかりを言っていた場所がチャンスという名のダイヤモンドを拾った瞬間に、実は、自分を鍛えてくれた最上の「チャンスの舞台」
であったことに気づく。
 
今日も人材紹介会社からの連絡はなし。おとといのメールだと、「まだ結論が出ていないようです」とのこと。結論???ということは…なんだ?????不安ばかり募ります。弱気です、情けないけど。本当に「チャンスの舞台」にしたいものです。
 

妻、娘、息子(2008.9.13)

妻から小6の息子が友達からはずされていると話がありました。甘ったれのところがあるから意識しないとだめだと。このところまた、息子との対話が減ってます。帰宅してシャワー、食事、そして転職がらみのメールチェックとやってるはたでテレビを見ている息子がいます。メールは後回し、息子と話さねば…と思いながらついつい。これがだめなんですね。
 
昨晩は、中3の娘のこと。受験が間近に迫ってますが、パソコンやケータイで時間を費やしているとの話。塾の追加でお金をかけているのに、ムダにしているというのが妻の言い分。お金がぎりぎりになってるんですね、今でさえ。この上、収入ダウンなんてことになったら…私の不安定な状態、どうなるかわからないというのがかなりストレスになっています。とにかく子供のことをもっと見ないといけません。
 
いったん転職活動に区切りをつけようか…とも思っています。そうしないと、家族の破綻になってしまいそうです。会社では、ソフトボール大会のカウントダウンを始めています。それをみるだけで吐き気がするくらいです。
 
もう二度とやりたくない仕事がまわってきています。この職場から逃げ出したい!これが本音です。またまた八方塞がりになってきました。週明け、メンタルクリニックに行こうかと考えています。いつかバワハラ上司に報復するために診断書が必要ですし、患者目線でメンタルクリニックがどんなところかを知るのは、受ける方に立つのにも意味があると思うので。
 
でも、なんか後ろ向きで不本意です。精神科?やっぱり抵抗ありますね。久々に心理カウンセリング講座がありましたが、今日は最低のテンションです。
 

メンタルヘルスマネジメント講座(2008.9.15)

祝日、朝9:30~16:30まで丸一日かけて、新宿で行われました。150人くらいいたでしょうか、学生風から少し年上風まで男女問わず来ていました。みんな熱心ですよね。やっぱり勉強ブームなんでしょうか?
 
ちなみに講習料はテキスト合わせて16000円弱、検定試験が6300円です。メンタルヘルス不全の話は、実際身につまされるものがあって、決して他人事ではありませんでした。この分野、やっぱり誤解や偏見がありますよね。資格というものに全く縁のないこれまで、将来の起業へ向けて、なにかしらほしいという不純な動機です。
 
試験日は、10/19。ちょうど1ヶ月、260ページを超える厚いテキスト、やれることをやってみます。それにしても試験勉強って、いやですね~今日も講義聴いてて、集中力のないこと、思考力の減退ですワ。ま、娘も受験で必死なので一緒にやってみます。
 

とんでもないメンタルクリニック(2008.9.16)

きっかけが欲しいのと、どんな診療をするのか知りたいのと、診断書欲しさで、はじめてメンタルクリニックなるところに行きました。とんでもない医者でした。
 
診察室に入るなり、眉間にしわを寄せて、会社の場所は?業種は?仕事の内容は?家族は?両親は?どういうことを言いました?その何が悪いのか?と矢継ぎ早にまさに詰問状態。そして上から目線。
 
そのくらいの上司はいる、辛抱が足らないと言わんばかり。あげくは、たいしたパワハラではない、社内に相談場所があるでしょう、何を期待して来たか?までぬかしてました。
 
インターネットで上位にきていて、民間にも勤めていた経歴、悩みは人によるまず気軽に来てみて…みたいなことが書いてあったので選びました。とんでもないメンタルクリニック、行かないほうがいいですよ。実名出したいくらいです。
 
×面倒くさそう×高圧的×少し聞いて全てわかったような態度をとる×話そうという気にさせない
 
ココロの悩みは、人それぞれ、まずは受容すること、ゆったりと話ができる雰囲気をつくること、でないと何の解決にもならない、反面教師の一日でした。2560円、ドブに捨てた感じです。
 

退職届、出したい(2008.9.17)

朝、改札を通ると9月末の期限切れを表示するようになりました。この6ヶ月定期が切れるまでに決着をつけようと思っていたのですが、間に合いそうにありません。会社へ向かういつもの通り道、足取りが重~いです。
 
ため息の連続。席に着く。隣に座る仕切たがりの部下の必要以上のでかい声が耳につきます。1日席を空けると、決まってだれかがパソコンや書類をさわった形跡があります。(なんでや!)
 
部長に、「昨日は勝手して申し訳ありませんでした」「お、大丈夫?」と言いながらくさいものを見る目。昼飯。いつものように金魚のフン状態で。苦痛です。もう部のかたまり自体に嫌悪感があります。たぶんこれだけ重い空気を発しているのだから、周りもいやなはずです。
 
仕事ひとつひとつにも聞くだけでいやなものを感じます。明日は、半年に1回の方針会議と飲み会、来週はこの職場を絵に書いたような取引先の飲み会の連続、おまけに部の送別会まで…ゾッとします。
 
10月からは一人減の体制。いなくなる人のお役所のような仕事は、全部私に押し付けになります。昨日、病院に行くのが昼からになってしまい、1日休んだ分、余計に重くなりました。ソフトボール大会は、どんどん近づいてくるし、気は重くなるばかり。10月以降の予定は、頭に入れる気はありませんでした。
 
子供たちに悪い見本は見せられません。だからとりあえず朝は出勤。会話が減ってるから、帰宅したらできるだけ普通に話す。妻にも、これ以上細かい話をして心労ばかり掛けられもしません。
 
もう限界。早く退職届を出したいです。ああ、明日行きたくない…何でこうなったんやろ?
 

とんでもない会社(2008.9.18)

半年に一度の方針会議でした。その中、人事総務責任者が発表。今までだとどうでもいい話だったのですが、置かれた状況もあり、関心がありました。
 
書類には、セクハラ・パワハラの撲滅、メンタルヘルスの浸透なんて平気で書いています。(オイオイ・・・)さてメンタルヘルスについて・・・「コミュニケーションが昔と変わっている。最近の若い人は受け止め方がちがう。若い人には気をつけないといけない」
 
「うつにしてしまったら、戦力が減る。注意しなといけない。」(一度勉強してみたら?)「非正規社員が増えた。注意しないといけない」そしてトップのアイツがこう言ってると。「常日頃の会話やOJTが減っている」最初から最後まで上から目線。あんた、いったい何様のつもりやねん?予想はしてましたが、心底がっかりしました。
 
ここに集まった人たちの平均年齢はいくつなんでしょう?おそらく55歳前後?自分の過去の経験の中にしか尺度のない人たち。こんな会社に未来はないですね。
 
新規事業立ち上げ企業の求人、書類選考が通過。なんとたった1日(その日のうち)で選考結果。複数の応募者がいるとのこと。こういうベンチャー系、とりあえず会ってみようのノリなんでしょうか?それにしても、このところ、後ろ向きが続くなあ
 

出口なし(2008.9.23)

月曜日。「いろいろあるわな、ニコニコしとこ!」だけは心掛けようとしていますが、いざ会社のメンバーを見るとゲッソリしてしまいます。特に部長のくさいものをみる目は、かないません。先週末、ほんの時たま出張していると、些細なことでわざわざ電話で突っ込んでくるし。会社にいるときは何も言わないくせに。
 
そんなに信用できない、いやだったらはずせばいいのに。現にこんなモチベーションが低い人間を置いていたら、周りにも影響します、自分で言うのも何ですが…
 
来月異動する人から引き継ぎを受けましたが、ハナからやる気がないのでうわの空。こんな引き継ぎも過去初めてです。おまけに今日はその人の部の送別会。2時間をどう乗り切るか、そればかりでした。週明けはこんなことしか書けない自分が情けない!
 
帰宅すると、娘の受験の話。イマイチ本気になり切っていない娘に妻は怒り心頭。もちろん塾のお金の話も出ます。娘は娘でどうしたいかがわかっていない状態。まずは娘と会話することにしました。というわけで、自分の話などできる状態でもありません。つらいっ
 
ところで3次面接をした会社、何の音沙汰もなく今日で18日目。落ちたということなんでしょうか?人材紹介会社へ聞こうと思うのですが、やぶへびになりそうで、ずっと躊躇しています。いくら辞めたい辞めたいと言っても、次がなければダメなわけで、今唯一の選択肢なわけです。もしダメだったら、またイチから出直し、先が見えなくなってしまいます。
 
世の中にはもっともっと苦しい思いをしている人がいます。たかがこんなことで、ぐちゅぐちゅしてる自分が情けないです。転職しようとか、起業ネタで勉強しようとか、ある意味現実逃避なんですよね。こんな毎日続けてたら頭がおかしくなりそうです。あ~なんでこうなったんやろう?こんな人間ではなかったのに・・・
 

仕切り直すか?(2008.9.25)

会社で転職相談のサイトを見ていると、10月は1年のうちでも求人が増えるヤマ場とのこと。もう一度、イチからスタートはかなりリキが要りますが、こんな空虚な毎日をいつまでも続けられもしません。再度、人材紹介会社に掛け合ってみたいと思います。
 
現状のエージェントは継続、面談もせず担当者が変わって中途半端になったもう一社は仕切り直し、新規でC社とD社への登録、この4社を核に動いてみます。あと過去登録したは会社はメールでプッシュ。今回はダラダラやってもしょうがないので、10月末をリミットとして集中して動いてみる。これで埒があかないなら、転職活動自体に問題があるということ、別の道を考える…そんなながれでやってみるしかないですね。
 

ベンチャー面接(2008.9.26)

新規事業立ち上げのベンチャー企業との一次面接。このところ、夜が接待で詰まっていることもあり、病院立ち寄りということにして、初めて朝イチの面接でした。会社ひけてからよりは、パワーが出ますね。そんなにどうしても行きたいという気持ちがあったわけでもなかったので、模擬面接だの軽いノリでした。そのせいか過去ほど緊張せずに済みました。
 
オフィスは、品川のタワーの一角。とてもキレイで今風でした。面接官は、社長とNo.2らしき役員。同世代でしょうか?どちらもR社出身だそうです。ほんと多いですね。、こういう世界に。
 
社長が質問、もう一人がメモをしていました。出身、大学を選んだ理由から始まり、経歴一つ一つを聞くこれまでにない細かなものでした。特にCRMの仕組みづくりについては、どんな仕組みか?なぜそうなのか?どこに独自性があるのか?とかなり突っ込んだ質問がありました。
 
あんまり細かいし、大して中味がないのでは?みたいな言い方も交ぜるので、ちょっと感情的になりそうでしたが抑えました。あとで考えましたが、これって誘導質問ですね、きっと。なぜ当社?転職理由は?のお決まり質問はありました。
 
「40歳は人生を見直すターニングポイント」「創業メンバーを集めている」「社会貢献がしたい」「仲間と一緒に一生懸命仕事をする」「言い合いながら自由闊達にやれる風土がつくりたい」など響く話がありました。「もし次に進むなら、適性検査と年下の役員との顔合わせをお願いします」とのこと。
 
部屋を出ながら、「いつから来れますか?」「これがないと来ないという年収は?」「お住まいは?ここまでどのくらいですか?」と聞かれました。仕事は、おもしろそうです。またまた希望年収で引っ掛かるかな?
 
やっぱり、日常的にテンションが下がってる分、昔のパワー全開まではいってませんね。でも悶々としているより、こうして動けたほうが精神衛生上、随分いいです。なんかスッキリです。
 

いきなり最終面接(2008.9.26)

今日、面接した新規事業のベンチャー企業から、即日次ステップの返事が来ました。いきなり最終面接だそうです。書類選考といい、一次面接といい、ものすごい速さです。選考は、企業によって差がありますね。やっぱりベンチャーは速いすね。
 
今日はかなり細かく突っ込まれました。自分では本来のキレはなかったと思いますが、一応評価されたということ。まだまだやれる!自信を少し回復しました。最低ラインの希望年収がのまれたということのようです。
 
いきなり、転職が現実味を帯びてきました。こうなると、俄然元気が出てきます。創業という仕事の性格上、先が見えない(リスクが高い)点、昔のように家庭を犠牲にしてまでというところまでは望んでいない点、コアメンバーがR社ナイズされていないか?といったところが不安材料です。いずれにしても、今度こそ上昇しないと!
 

社長面接(2008.9.27)

3次面接まで行っている人材系の会社、20日以上音沙汰がないので、意を決して人材紹介会社へ探りを入れてみました。最終、社長面接をすることになったようです。もっと早く連絡してくれよ!って感じ。
 
ま、首の皮一枚つながった気分です。たぶんライバルがいるんでしょうね。いよいよ10月は、佳境になりそうです。勝負ですな
 

通勤定期の更新(2008.9.29)

今日は、ブラックマンデー。いつも通り、目一杯テンションが下がってます。いつまでこの月曜日を迎えるのか・・・早く決着をつけたいですね~
 
組織人材系会社の社長面接の日程連絡が来なくてヤキモキしていました。すると、夕方近くになってメール到着。今週になりそうです。これでまた来週とかになると、また結果待ちで生殺し期間が長くなるところ、良かったです。通勤定期、10月からの6ヶ月分で更新しました。1日でも早く、払い戻ししたいものです。
 

新たな人材紹介会社との会話(2008.9.30)

新たに1社面談してきました。外資ベンチャー系会社。品川インターシティにある洗練されたオフィス。面談スペースも、キレイな個室でした。enサイト応募経由だったのですが、応募してもらった案件は業界的にやばいから一度話をしませんか?と相手から打診があったのがきっかけです。この時点で、少し変わってるなと感じてました。
 
19時にスタートして、終わったのは21:30。なんと2時間半も。今まで会った中で、一番真剣に対峙してくれた担当者でした。彼は、話をしててわかったのですが35歳のチームリーダー。
 
開口一番、「何で転職なんですか?」「こんなことを言うのはどうかと思いますが、転職しないほうがいいと思います」「この経歴なら今の会社でもっともっとやれるはずです」と。「ぶっちゃけで聞きたいんですが…」とくりかえす熱いタイプでした。今までの人材紹介会社と違って、距離感を置かずに話してきました。
 
彼の話とは・・・
・40~44歳はバブル期入社で会社で余っている、必要としていない年代。社内で干されている人も多い。
・今年の転職市場は最悪。案件が半分になっている。景気後退の影響。今焦るのは得策じゃない。
・転職年齢は、26、30、35、45歳。45歳は最終ライン。
・年収を維持したいなら極力現職と近い職種でないとだめ。ちょっとでもズレると下がる。スタート年収が下がっても、近い職種なら元に戻すのは比較的早い。ただチャレンジ職種になると???
・転職前と後でギャップがあり悩む人が多い。
・決まるまで絶対に辞めない。退職したらステータスが落ちる。足元を見られる。年収も下がる。
・転職は、みんなが考えるほど簡単じゃない。
・たくさん応募していると、書類選考に通ったところは良いように見えるようになる。内定をもらうことがゴールになって、何のための転職だったか目的がわからなくなる。
 
~私自身への話~
・ニッチでスペシャリストな経験は貴重。この経歴なら売り込みもできる(ただ時間がかかる) 
・会社の評価は悪くないと思う。
・31社応募して7社書類通過、しかも異業種含めての結果はすごいと思う。
・人柄を知って、上司としていてほしいタイプ。
・人にかかわる仕事という要望に偏りすぎないほうがいい。
・気長に妥協しないで取り組んでほしい。ここまできたら、ボーナスぶんどってから辞めるでもいいのではないか?
 
私の希望と経歴を聞き、P社という会社の紹介をしてもらいました。HPで見るとかなりやってみたい仕事っぽいです。その世界では、知る人ぞ知る会社らしいです。ただ、エージェントは使わない企業らしく、一度直接レターを送ってみようかと思います。
 
たしかにうなずかされる話でした。ボーナス、なくなるんですよね。当たり前のことなのですが、こうして改めて聞くと、シビアさを感じます。45歳が最終ライン、ということは失敗は許されないということ。
 
う~ん・・でも、実状からして再度仕切り直して、また数ヶ月・・・なんてとても考えられない状況です。彼の意気込みに任せてみたいという思いの反面、ちゃんと案件が出てくるか不安なところもあり、思案のしどころです。過去にも口だけの担当者がいましたし。そこまでの余裕はありません。今この場を脱したいのが最優先の現状、まいりました。
 
仕事らしい仕事もなく、毎日会社へ通う。本当はやれるのに、こんな人間ではないのに、自分が自分じゃなくなりそう。そういう状況から一刻も早く脱したい!その思いだけです。昼間は死んだふりしたうだつのあがらないサラリーマン。夜は一転して、スーパービジネスマン!そんなノリでやりたいものです。
 

新たな人材紹介会社との会話(2008.10.4)

最終面接の2社、期せずして同じ日に重なりました。午前と夕方に分かれてしまい、たまたま昼間にセミナー
を申し込んでいたので、会社を休んで臨みました。会社を休んでるのに、朝からネクタイ締めてビジネス街
をうろうろ。変な感じです。
 
まず朝イチでベンチャー系の会社。今日は、ソファーを丸く囲ったリラックス風の応接室。余計に落ち着きませんでした。最初に社長が来て今日の主旨を説明、その後役員3人と面接。
 
社長曰く、「私はとてもいいなと思っています。他のメンバー含め、どうなのか相互理解という場です。いろいろと話してください」前回社長の横でメモをとっていた経営企画担当役員が切り出しました。
 
「前回から1週間経って、頭の引き出し整理ができたかと思いますが、何か質問はありませんか?」と聞かれました。事業内容の詳細と幹部がR社出身者の風土について質問しました。あと、営業開拓担当役員が動機と得意なことなど聞いてきました。
 
「話を聞いてると、小さな単位で時間がかかりそうだが、例えば100人の面倒は見れるのか?」「戦略立案と現場浸透、どっちか?」といったキレ質問もありました。驚いたのは、私の適性をかなり正確にとつかんでいること。さすがにキレ者たちです。
 
「大企業からカタカナのわけのわからないところへ結構ダイブですよね?ご家族の理解は?」やっぱり「ダイブ」なんですかね?面接後、ビジネス適性検査90分。統計データから数値を推測するといった初めての問題もあり完敗でした。
 
反省点は、適性検査がボロボロだったこと。このビジネス、どんなところへ展開できると思うか?の質問に明確に答えられなかったこと。質問が少なすぎたこと。開拓担当の役員の目を先にはずしてしまったこと。「他に受けてるところありますか?」の質問に対し、「△△は落ちました」「○○の広報室です。もしかしたらやれるかなあと(笑)」と言ってしまったこと。今考えればアホですよね。うれしがって話すことではありません。などなど・・・思い出せばきりがありません。
 
社長が気に入っているの言葉に気が緩んでしまったようです。選考は終わっていないのに、最後までガンガン
行くべきでした。もう後の祭りですね。
 
昼間のセミナーをはさんで、18時から組織人事系企業の社長面接。ここまでの本命でした。約束の時間30分前に着いたので、ビルの裏の公園ベンチで最後の確認。
 
社長は、あまり表情に出さないやりづらい相手。私の経歴もほとんど目を通していない感じ。他愛のない質問を2、3したあと本題に。彼の懸念事項は、くせのある営業を指導するためには、自ら成果でみせるしかない。短期間でそれができるか?ということの一点でした。
 
売るものが特殊なサービスなので人事系の知識も要る。法人営業に長年精通し、そのあたりのコツを持ち合わせた上でやれること。今まで少し大袈裟にやってきましたが、実は未経験領域です。これに英語をかなりやらないといけないという状態が重なるとのこと。かなり重そうです。
 
英語は、これからの時代必須なのでやるつもりではいましたが…あと気になったのがスタートは営業担当とのこと。なぜ外から採用するのか聞くと、「今までのやり方を変えたい、内部だと変わらないから」とのこと。このあたりは、ガンガンいきたいん話なんですけど・・・
 
いろいろと考えてきた解答は、まったく意味をなしませんでした。ちょっとトーンダウンしました。社長のキャラも冷静ではありますが、あまりフィットしませんでした。何より、これまで話してきた営業担当役員との話とかみ合っていないこと、たったこれだけの話のために1ヶ月近く間が開いたこと、少し不信感も出てきました。「あなた、できるの?」と斜に構えた対話の仕方も少々気分悪い。「また連絡すると思います」と言ってましたが・・・
たぶんダメでしょう。
 
ぜひ来てほしいと言われるところ、入ってからの仕事が見えるところのほうがいいですよね。最終面接で浮かれてましたが、ふたを開けるとなかなか難しいものです。
 
その日の夜、学生サークル時代の仲間と久々の飲み会。気の置けない仲間、面接行ってたと少し話しました。「やめたほうがいい。辛抱して。家族のために」「自分がどうしてもやりたいということがあるのなら、やってみたらいい」と2つの意見。どちらも尊重しないと。悩ましいですね~転職って、本当に難しいものなんですね。前途多難ですはこれは。
 

条件とポジション(2008.10.6)

先週のダブルヘッター面接のうちのベンチャー系企業から返事が来ました。条件、ポジションについての確認で社長と再面談とのこと。他にも候補がいて、下げてこようというハラかも?こないだ人材紹介会社に聞きましたが、日曜には朝から晩まで面接をしているそうなので、きっとかなりの人数がいるはずです。内定1社も出てない状況、苦しい選択になりそうです。
 
ところで、週末テレビで”ROOKIES”の総集編を観ました。どちらも先生が発したことなんですが、特に印象に残ったことが二つ。一つ目は、「道を切り拓くのは、自信と勇気」というコトバ。そっくりそのまま面接に生かしたいこと。
 
二つ目は、「笑顔」。彼は、どんなときも生徒に対し、笑顔で締めます。これは、毎日の人生そのもの。どれだけできていないことか・・・おっきな宿題です。
 

妻との会話(2008.10.8)

夜、子供たちが寝た後、妻と進路についての会話をしました。現在のところ、ベンチャー系の創業企業にひかれています。2日後に再度社長と面談です。人材紹介会社から電話があり、「もろ手を挙げてという感じではありません」「思いは伝わったが、実際ビジネス展開するにあたり、自分ならどうしたいかを整理してのぞんでほしい」との話でした。候補者があと一人いて、一騎打ちの状況みたいです。「ご家族と話して、ベンチャーでも行くハラ決めをしておいてほしい」との話でした。
 
これまで受けてきた会社、今どう考えているかひととおり話しました。妻コメント・・・「もちろん収入も大事だけど、自分が本当にやりたいかどうかが一番。バワハラもあるけど、今まで自由にやれなかったのがいやだったんでしょ?信頼してるから」
 
最後のひとことは効きました。ありがたいです。もっと違う反応が戻ってくるかと思いました。「昔マンションの人間関係で悩んだとき、アンパンマンの歌を思い出したよ」
 
♪もし自信をなくして、くじけそうになったらいいことだけいいことだけ思い出そ・・・「自信持っていきなよ。友達の奥さんも仕事できそうねって言ってたじゃない・・・」昔の話は、初めて聞いた話でした。
 
確かに、これまでの面接での失敗は、自信喪失状態で明らかに押しがきいていないことが原因と思います。娘の進学で頭いっぱいの中なのに、とても心強いサポートでした。心から感謝。
 

新たな候補企業(2008.10.9)

書類選考を通過した会社との一次面接。これで32社応募、うち8社書類通過という成績です。事業再生というかなりニッチな業種の企業。面接官は、あとでわかりましたがなんと66歳の総務部長でした。
 
まず当社の説明を・・・言い始め、なるほどなるほどと聞いていると、あれもこれもと一人でしゃべってました。質問はわずかで、「何をやってこられたかは経歴書でわかりますので」「自己PRをしてください」あとは自分の話のところどころで「どう思いますか?」といった程度でした。お決まりの「質問はありますか?」もなく時間切れ。
 
「いい話ができました。社長と慎重に相談をして、またご連絡します」で終わりました。しゃべったのは、先方9割、私1割といった感じでしたが、今までと違うのは1割の中で自信を持って自分の言葉で言い切ったこと(反省ふまえ)です。
 
その日の夕方、早速ですが一次通過の連絡が来ました。次回は、小論文の提出も依頼されました。いろいろ経験させられますね。再生コンサルタントは、元経営者が多いらしく、それなりの経歴、年齢の人らしいです。人生経験を深めるには、いい場かもしれません。何より初めて年収アップが狙える点、魅力を感じています。ただ、かなり特化した職種、高年齢で躍動感がなさそうなのが懸案です。
 
もう1社のベンチャーの状況。「もろ手をあげて来てくださいではない」との人材紹介会社からの話。思い返せば、経歴を一つ一つ細かく聞いてきたのもこの会社だけ、事業につながりそうなところをなぜ?どうして?と激しく突っ込んできたのもこの会社だけ。経歴って、読んだだけではわからないと思います。
 
躍動感、創造性、一体感など秀でています。問題は、年収と事業立ち上げに伴う仕事時間のウエイトの2点。
一人者ならぜんぜんオッケーなんですけどね・・・そこは絶対はずせない大切な2点です。ま、次回も最善を尽くしましょう。
 

やっときたこの時(2008.10.11)

昨夜、ベンチャー企業社長との面接。というより、ふたをあけたら確認面談になりました。あまりにあっけない幕切れでした。
 
開口一番、「役員と相談し、すごくいい、全員一致できてほしいということになりました」「仕事は、営業のまとめ役で」問題の年収は、最低希望額に若干の上乗せがありました。現従業員としては最高年棒とのこと。評価してくれたという感じ。
 
社長曰く、「気になる点は、年下の役員のもと2~3年はやってもらわないといけないことと、年収が下がることの2点です」「待ってますという感じです」事業開始に向けて、既に大手との握りは進んでいる。社長は、かなりの人脈を持っている感じです。また、相当のキレ者。
 
ビジネス内容にも拡がりがあります。自由闊達なムード、仕事はたのしくという考え方。オフィスの方からたのしそうな声も聞こえてきていました。いろんな人との出会いもあり、自分を高めることもできそう。
 
「入社は、ボーナスはもらってから来てください。お金は大事です。もし、企画段階から共にやりたいということなら、有休使って事前に来てもらってもいいです」など配慮もありました。逆に大丈夫?という感じすらしました。人材紹介会社からは、もろ手を挙げてではないので、こんなことを考えているを整理してのぞんでほしい…と言われていたので、昨日から今日にかけて手書きの企画書を書いていきましたが、無用の長物でした。
 
帰宅するなり、妻にも報告。彼女なりに納得してくれていたようです。一夜明け、少し冷めて考えてみると、立ち上げ前だから、たのしくやるのは当然何で人材紹介会社との話に食い違いがあったのか?ビジネスの詳細がよく理解できていない投資回収はどうなっているのか?
 
そして何より、これから立ち上げ、子供たちがこれからお金がかかるピークに何かあったらどうする?などなど一抹の不安は残りますが・・・でも「縁」というものがあるのなら、そうかもしれないそんな感じもしています。いずれにしても、人生を懸ける時が来たようです。(ちょっと大げさ)
 
何はともあれ、初合格です。(まだ口頭ですが)これを内定っていうんでしょうか。まだ書面でもらってない!苦節8ヶ月。長かったあ~~~~こんな晴れやかな気持ちは、いったいいつ以来なんでしょう?
 

転職活動の終焉(2008.10.12)

三連休に入った初日、午後から子供の進学前の学校説明会に妻と3人で出かけました。説明を聞いていると、ケータイに着信履歴。しばらくしてまた着信。着信元は転職エージェント。留守電には、「昨日の面接いかがでしたでしょうか?お手すきのときにご連絡いただけませんか?」とのメッセージ。
 
説明会が終わってTEL。「どんな感じでした?」「開口一番、全員一致でOKと言っていただきましたよ」「へえ~開口一番ですか?」「で、先方が早くご返事をいただきたいとのお話なんです」「他メンバーといつから一緒にやってもらえるかを知りたい
と・・・」「あ・・・そうなんですか」
 
こんな大事なやりとりのときに限って、電波の状態が悪く途中で切れる、切れる。ケータイって便利ですが、困ることもありますね。言われてみれば、当たり前。今まさに立ち上げ期にある中、早く一緒にやってほしいでしょうし、仮に辞退でもしたら、次の候補者をまたイチから探さないといけない。
 
「家内とは話して、ほぼ決めてはいます。ただ何しろ初めてのこと。ましてやこれからスタートの会社。一人だったらすぐ飛び込むんですが、家庭がありますから。最終決定は、休み明けまで待ってもらえませんか?それと、口頭だけだと不安で恐いので、こういうのって書面でいただけないものでしょうか?」
 
「わかりました。オファーレターですね。依頼します」オファーレターっていうんだそうです。(転職本には書いてありました)電話を切って、妻に今の電話の内容を報告。
 
「OKしていいかな?」「うん。パパ次第だよ」「わかった」
 
数時間後、今度は社長秘書よりTELがあり、「書類のアドレス宛に条件通知書をお送りしましたので、ご確認をお願いします」とのこと。続いて、転職エージェントから。「ご自宅に届いていると思います。確認してください。来週のいついつ、社長が今後のスケジュールを相談したいとの話ですがいかがですか?」
 
「わかりました。あ、その日はS社の2次面接の予定が入っていますが調整していただけますか?」「あ、そうでしたね(笑)わかりました。他社で内定が出たのでご辞退しますとお伝えします。では、R社もお断りしていいですか?」R社とは、最終面接があってまたまた10日以上返事の来てない会社です。
 
「あ・・・はい。お願いします」「では、来週から退所交渉、頑張ってくださいね」退所交渉・・・? 退職願いのことなんですね。専門用語が飛び交います。
 
帰宅して、すぐさまパソコンを立ち上げ確認。入社予定日を空欄にして、雇用形態・年棒・休日などの勤務条件を記した「入社条件通知書」が届いていました。「慎重に審査の結果、貴殿の採用が内定しましたので、ここに通知致します・・・」と記載されていました。
 
今回転職活動を始める際にとても共感、バイブルになった本を朝のうちに読み返してました。筆者は、人事と営業をやり、自身が転職も経験し、人材紹介業を営んでいる人です。転職する側、受け入れる側、仲介する側の3つの視点で書かれた、とても参考になった本です。そこに、こんな記載がありました。
 
「転職の最終決断5つのポイント」
初めて転職を体験する方は、最終決断のときに非常に迷うようです。当然です。(中略)いくら理詰めでいっても、答えの出ない課題は残るものです。最後の最後に必要なのは”思い切り”に他ならないのです。最後は、腹を括って思い切る必要があるのは前述した通りです。その最後の思い切りの前に当然検証しておくべき点があります。少なくともこれだけは押さえていきたいという事項を挙げましょう。
 
①自分にとってキャリアアップになるか?②転職先に会社や仕事との相性は良さそうか?③いまの仕事が辞められる状態にあるか?④家族は同意してくれているか?⑤自分自身が本当に心から転職する気でいるか?
 
5つのポイント、すべて満たしていました。「よし、行くか!」心の中で客観的な指標にもなっていました。ついに、新しい道が決まりました。夜、近所の居酒屋で妻と二人ささやかな祝杯をあげました。酔いがまわるのが早く、家に帰るなりリビングでそのまま寝てしまっていました。
 

退職届の提出(2008.10.14)

連休明けの朝一番、いつもより早めに行って上長に「ちょっとお話が・・・」と呼び出し、退職願を渡しました。いろいろと調べると、まず口頭で伝え、その後書面でというながれのようですが、ケジメをつける、この時くらい自分のスタイルでという思いで、最初から書面を提出しました。
 
「急だなあ」「どういうところなの?」「大丈夫なの?」「心配だねえ・・・」「一応預かるけど・・・またゆっくり話をしよう」「支社長に話すから」さかんにどこへ行くのかばかり聞いてきました。その後すぐさま、支社長室に入っていました。
 
一方でかなり不安になったので、転職エージェントに電話して、「退職願を出した。先方へ入社承諾を入れてほしい」と伝えました。
 
「退職の申し入れして、どうでした?」との質問にひと通り話しました。「今後、何が不満なのか?ならば解決するから・・・といった話が出る可能性があるので、何ら不満はありません!と言い切ってください」「次はどこかを言う義務もありませんから」「あまり多くを語らない姿勢ですね」とアドバイスがありました。
 
腹が立つのは、朝一番に申し入れたのに、半日経っても何ら反応が来ないこと。いったい何を考えてるだ、あいつら!そうこうしてると、アイツから呼ばれました。
 
「部長から聞いたけど、本当に大丈夫か?こんなご時世・・・」(ハッ?)
「その会社だ。大丈夫か?」
「うちの会社は決して良くはないが悪くはないと思う」(他の会社経験してないのに何でわかるの?)
 
「大丈夫です」
 
「累積していた特典(退職金)とか大丈夫なのか?」(そんなこと言ってたら先に進まんだろうが)
「ま、早めに言ってくれたから助かるけど」
「いえ、その前に有休を取らせていただきたいので、区切りはもっと前です」
 
「なんだ!?そうすると時間がないなあ」(顔色変わる)
「後任のこともあるしなあ・・・」(お、出た出たホンネ・・・あとのことしか考えてない)
「掲示はどうなるんだろう?」
「退職願の宛名が社長になっているけど、そこまで必要なのかなあ?」(知るか!そんなこと)
「40日も休もうっていうのか?それは聞いたことがない」(実質30日ですけど)
「有休は取れるか否かわからないぞ。そうするとぶっちゃけいつまでだ」(何を言ってんの、このアホ)
 
有休権利も行使できないの、この会社。ボーナスもらってからなんてとんでもなさそうですね・・・何だってでしょうね、この22年もの月日。
 
「どんな仕事だ?コンサルタントか?」
「今とよく似た仕事です」
 
「オレが言ったことが原因にはなってないよな」
「オレはオレなりにお前の足らず部分を助けてやろうとしただけ」
「そこを直せばそこそこいけたのに・・・」(ほらきた。気にしてるワ。きっかけつくったのはお前だっちゅうの)
 
「ありません」
 
「オレなりにお前のことを考えて動いていた」
 
「ご好意ありがとうございます」
 
「身体は大丈夫なんだな」
「家族は大丈夫なのか?何といっても健康第一だがらな」(いかにも善人ぶる)
「総務と話すから、それまではだまっておいて」
 
こういう場面で、その人間の薄っぺらさが出ますね。よくわかりました。有休が取れる取れないの話しかできないみみっちさ。というか完全な権利じゃないの?と思います。ま、いやでしょうが、もっと声の掛け方があるんじゃないの?そもそもきっかけつくったのは、お前やろが!って言ってやりたい気分です。
 
それにしても退職願を出した後、めちゃくちゃ、スッキリしました。こんな晴れ晴れしい気持ちはいったいいつ以来なんでしょう。のどの奥底に深く深くひっかかってた骨が、スコンと取れた感じです。出す前は、やっぱりやめようか、先に転職先との話をつけようか・・・などなどいろいろと頭を巡りました。でも、出した後、表現のしようがないくらい気持ちが軽やかになりました。
 
それにしても22年も勤めて、取らなかった有休が取れる取れないの話しか出ないとは・・・自己都合とは言いながら何なんでしょうね、会社生活って。情けなくなります。
 
明日、転職先に呼ばれています。当日、会議があるので出てほしいというのがテーマらしいです。いいですね~こういうの。待ってました!という感じ。頭の切り替えスピードを上げないといけません!
 

転職活動250日の総括(2008.10.15)

転職活動激闘250日間の実績を整理してみます。
2月;1社応募→1社一次面接にて敗退。初めて人材紹介会社なるものに登録。最初の面談は、企業の面接ほど緊張しました。(あとで考えたら笑い話ですが)
 
3月;1社応募→書類選考で×書類の段階でかなり選り好みをしすぎていた。
4月;1社応募→書類選考で×紹介がなく、悶々。
5月;1社応募→書類選考で×1社だけでは埒があかないことに気がつく。大手、中小2社追加エントリーしました。
 
6月;3社応募→1社一次面接にて敗退。2社書類で×。
7月;16社応募→1社三次面接継続、1社一次面接敗退。14社書類選考で×。転職エージェントの担当者が交代。「まずは活動量を増やしましょう」の方針のもと、応募企業が一気に増えました。ここが転機になりましたネ!
 
8月;7社応募→2社一次面接にて敗退。5社書類で×
9月;2社応募→1社内定、1社二次面接にて辞退。
10月;2社応募中→いずれも辞退の予定。
 
<8ヶ月の合計>32社応募→書類選考通過8社(通過率25%)たったの25%??そう思いませんか?そうですよね。でも、こんなもんなんです。25%は、当初エージェントから聞いていたのとほぼ近い数字。「落ちたからといってクヨクヨしないでください」なるほど!という感じです。次回以降もいろいろと整理していきます。
 

人材紹介会社選びの振り返り(2008.10.16)

人材紹介会社選びを振り返って見ます。会社に通いながら転職活動をするなら、人材紹介会社なしでは無理だと思います。自分で求人探して、いろいろ準備して・・・考えられません。経験をふまえると、「早い時期に3社程度と会い、自分の適性を客観的にみてもらうこと」これがベターと思います。
 
人材紹介会社に必要なもの、それは「人間力」。まちがいないと思います。忙しい彼らにとって、とてもむずかしい一面がありますが・・・
 

新しい一歩(2008.10.17)

夜、新しい会社へ入社意志確認などで出向きました。最初、社長と面会。「いいですか?」「お世話になります」
でがっちり握手。「営業開拓とメンバーの採用が始まっている。任せたい。頼みます」
 
当初人材紹介会社から聞いていた今後のスケジュールの相談なんてなく、いきなり営業戦略ミーティングへの参加。そりゃそうですよね。今から始めようという会社なんですから。そこには私同様、別のタスクで採用された人もいました。「さっき握手しただけだけど(笑)…」と紹介もそこそこにいきなり本題に。
 
ビジネスの中身もよくわかってない中、まずは話についていくのに必死でした。会話の回転も早い、早い。知らない用語も飛び交います。上着を着たまま2時間強、気がつくとあっという間に21:30になっていました。次回も決まり、宿題も出ました。ちなみに日中は現職ありなので夕方から。セミナー行こうと予約を入れてましたが、吹っ飛びました。当たり前ですね、もうそんなことを言っている場合ではない(笑)
 
「正式入社日にはこだわってない。先は長い。今の会社をしっかり辞めてきてほしい」さすが転職経験者というセリフ。「送るのはこれが最後やな」と社長、営業役員、秘書、営業担当のみんなでエレベーターまで送ってくれました。なんか久々に燃えてきました。忙しくなりそうです。やり残したこと、身辺整理を急がないと!
 
帰宅して「あなた、できる人なんだから、合ってるんじゃない?」と妻。入社承諾書を郵送。さあ、いよいよ第二の会社生活スタートです。
 

最後の出張(2008.10.18)

たぶん、今の会社で最後になるであろう出張へ。主要取引先相手の半年間の提案会でした。最後ということもあってそれなりに力を入れて伝えました。そうすると、いつになく質問も多く盛り上がりました。
 
会合終了後の懇親会。いちばん年長の社長とトイレで出くわし、「あんたとは一生涯の付き合いになりそうだね」なんて言ってくれました。
 
その社長、最後締め前にも、「オレは、実は昔から彼の事を知ってるんだ。地区担当に来てからもいろいろ教わった。こういう人が要るんだよ、会社には」とまで言ってくれました。よくよく聞くと、数年前私が全国区で新しい仕組みを伝えまくってたときの話を覚えていてくれたようです。
 
帰り際、「たまには息抜きで遊びにきてよね(笑)」と声を掛けてくれました。感無量でした。手前みそですが、全国にいるんですよ何人か、こうして私の思いが響いた人たちが。
 
本当は、こういう人たちと一緒に新しい世界を築きたかった。茶々が入って、頓挫してしまいましたが・・・次の会社で、こんなワールドまた創りたいものです。とてもうれしく、ありがたいひとときでした。
 

相手の気持ち(2008.10.18)

毎朝イヤでイヤでどうしようもなかった通勤路。景色ちがってみえるから不思議ですね。朝一番、総務部長に呼ばれました。
 
「大丈夫なのか?」「あちこちで元気がないと聞いていた」「ストレスではないよな?」
「いえ、違います」何事もなかったように、努めて笑顔で応えました。
 
「そうか!よかった。大きな仕事も立ち上げてるしな。今日見てると、表情明るいし。ま、がんばって!」
 
出た出た、彼のホンネ。会社の不祥事、自分の責任回避…それしか頭にないようです。保身。こういうときにこそ、その人の人間性が出るものなんですね。所詮そんなもんだと思いますが。
 
(アイツのおかげで苦しんだんや!)(どれだけ追い込まれたかわからんやろが!)言ってやりたかった。重大なときこそ、相手の気持ちの奥底を理解しようとすること、その大切さを身をもって知りました。
 
昔お世話になった上司に個別メールを打とうと出社すると、何とその人から別件でメールが届いてました。全く仕事でかかわりもないのに、たぶん3年ぶりくらいに。以心伝心っていうのか、驚きました。
 

メンタルヘルスマネジメント検定試験(2008.10.19)

日曜日午前中、検定試験でした。会場の大学に行くと、なんとたくさんの人!え~こんなに受けるの~って感じでした。教室では神妙な面持ち。なんか久々の緊張感でした。
 
1ヶ月前に講習を受けてから、朝の通勤でテキストを2回まわり(といっても2回目はかなり適当)、ここ3日はかなりプレッシャーでした。今朝4:00起きで詰め込んでいきましたが、試験傾向は今までと少し変わってきているようでした。
 
試験会場のビルを出たときの開放感。何はともあれ、終わったあ~って感じでした。こういう緊張感も必要ですね。転職が落ち着いたら、次のターゲットを決めたいものです。
 

勉強習慣をつけよう(2008.10.20)

月曜日が始まりました。今までとは、まったくちがう週のはじまり。途中でちょこちょこと行きはしますが、新しい会社に本格的に行き始めるのが3週間先。この3週間で、ぜひとも勉強習慣をつけたいと思います。
 
昨日、メンタルヘルスマネジメント検定への勉強を終え、まだ余韻が残っているうちやり始めないと、元の木阿弥になってしまいますから。テーマは、英語と簿記かな。簿記は3級、11月の検定へ!という意気込みでいましたが、今回の転職で延長になってしまいました。英語は、必須ですよね。転職活動でもその必要性を痛感しましたし・・・
 
スキマ時間の使い方とか何冊か読んできましたが、日経土曜版にタイムリーに載っていた記事を実践してみます。①仕事や勉強の具体的な目標を持つ②遊びと勉強のメリハリをつける③時間ができたらチャンスと思え④睡眠時間は削らない⑤5分、15分、30分でできることを決めておく
 
夕方からビッグサイトの販促見本市でネタさがし。外のベンチで一服すると、なんか気持ちがゆったりしました。
 

健康を考える(2008.10.22)

検定試験を受けた帰り道、5年前、妻が大病を患って入院した病院の前を通りました。転職がどうだ、スキルアップがどうした、人脈が…なんて日々考えてるわけですが、もし家族の健康が損なわれたら、そんなことは吹っ飛びます。「原点に戻ろうや」そう問い返された思いでした。
 
会社での出来事。部の仕事は、自分が一手に動かしていると声も態度もでかい筆頭主任が、11月のイベント応援予定を決めたい、どこに入れるかと聞いてくるので、退職する旨伝えました。
 
そうすると、「期中なのに・・・」との受け答え。こういうときにその人が日頃どう考えているかが出ますね。人間模様を感じる毎日です。
 

周囲に退職を伝える(2008.10.23)

外部の人との最後の定例会議に出席しました。心ある人、何人かに個別で伝えました。「関係ない話なんですけど、来月会社辞めるんです」「えっ!そうなんですか」「前々から動いてたんですか?」「次は決まってるんですか?」「また、ゆっくり話を聞かせてください」
 
といって、また話をすることなんてお互いないのもわかりつつ・・・別れ際って、案外あっさりしたものなんですね。でもこれも「縁」、大切にしたいものです。
 
夜は、昔、大きなプロジェクトを共にやった気のおけない仲間とのひとときでした。1年ぶりに会っても、空気が変わらない。これってすごいことですよね。とてもたのしい時間でした。結構高くついたのに、奢ってくれました。
「餞別です・・・」「期待の星。絶対成功してください。応援します」と帰り道にメール。
 
次回はちゃんと返さないといけません。お金だけじゃないです。気持ちも含めて。心より感謝。
 

新会社のミーティング(2008.10.24)

まだ着任前ですが、2回目のミーティングに参加。夕方から4時間にわたりました。途中、聞いたこともない広告媒体とかの専門用語が飛び交ったり、あたふたの連続でした。前回から自分なりにイメージして、紙に書いていったのですが、無用の長物。日々刻々と動いているんですね。まずはスタートに向けて走りながら考えているという感じ。
 
みんなが動いているながれにいち早く乗り、役割として目の前に課せられたのことをやり切ること、これが再優先事項のようです。1週間前に私と同じようにオブザーバ的に参加していた人がガンガン発言してました。「いつからなんですか?」と聞くと、「4日目です」「2日あれば追いつけますよ」「この会社、みんな忙しいので誰も教えてくれないから、その場で解決していったほうがいいですよ」と。
 
もう既に営業活動をやって、業務に精通していそうな若手でさえ、「ボクは、10月1日からです」との話。「日に日に机がうまっていく感じです」ベンチャーですね~メンバーの理解度、スキルも一様に高い。スピード感もある。昼間の会社と大違い。
 
少しでも早くこの空気に乗らないと!と痛感。というかみんなの表情をみていると、一刻も早く手伝いたいという雰囲気。来週早々、次の打合せです。移ったら、ものすごい毎日になりそう。心理学講座とかやり残したこと、早く決着をつけないといけません。ここ数日、夜の時間がなくて、結構追われています。
 
それにしても、仕事を終えたい日を伝えたのに音沙汰なし。周囲にも伝えていない模様。いったいどうなっているんだ?最後の最後まで、すっきりしない現会社です。
 

退社日の決定(2008.10.25)

数日前、この日までにさせてほしいと申し入れをしていたのですが、何の音沙汰もなく、いったい何なの?と思っていました。昨日、上司に呼ばれ、「その日しかないということなので、支社長と相談してそうすることにした。正式退社日については、総務と相談中。来週、みんなにオープンにするから・・・」と言われました。
 
やっとこさ、ハッキリしました。たまった有休を使うにあたり、ごねられたことを人材紹介会社に言うと、「今までこういうケースがあまりない会社さんだから、人事の方も慣れていないんでしょうね。でもとんでもないですよ。今まで休むこともなく一生懸命やってこられたんですから。当然の権利でいいと思います」
 
そうですよね。22年ですよ!こんなにも長い間会社にそれなりに貢献してきた自負もあるのに。後味悪くならないよう、適当にやりますけど。
 

感謝すべき人たち(2008.10.28)

会社指定の正式な退職願を提出しました。明日あたりオープンになるかと思います。昨晩、数年前に一緒にコミュニティを立ち上げたNPOの人に転職をメールで報告し、返信が来ました。
 
「いよいよですか。新しいことを進めることを好むとおっしゃる貴方のことですから、はじめから大きな組織は合っていなかったのかも知れません。 いつの時代でも、そういうのがあるんだと、凡夫があとになって感心する新しい道が切り開かれてきています。貴方のやる気と熱意、そして何より楽しそうに仕事に取り組む姿勢は、きっとこれからの会社では周りを動かす大きな力になると思います。 家庭も大事にしながら力一杯道を切り開いてください。ご成功を期待しています」
 
勇気づけられました。彼は既に現役を引退した人生経験豊かな人なので、少し無謀ですね・・・と言われるかと思っていたので余計でした。
 
会社では、今までお世話になった人たちへメールで退職報告。最終出社日からすると、少し早いのですが、間での休みとか引き継ぎとかを考えると、心ある人には先に連絡したかったので。
 
約50人に送ったのですが、うれしかったのは送って30分も経たないうちに10人から立て続けに返信が来たこと。みんな残念がってくれました。そして激励してくれました。「家族を大切に」というコトバが何人かに入っていました。心して受け止めたいと思います。
 
午後、保険の手続きで担当の人と会話。第一声、「すごいですね~」「私の父親は44歳で、破産した会社の連帯保証人として借金を背負いました。家族会議をやって、これからマイナスのスタートになると言われたときは、目の前が真っ暗になりました。でも、こうして大学も出させてもらった。家族が仲良かったら何とかなります。がんばってください」とまたまた激励。
 
帰り際、会社のケータイに留守電が5本も入っていました。「メール見ました。連絡ください」と。感謝、感謝です。これだけの人が応援してくれる、幸せ者です。これを糧にやるっきゃない!って感じです。
 
夜、新会社の3回目のミーティングに参加。行けば行くほど、スタートへ向けて切羽詰まった状況。こちらは打って変わって一刻も早く一緒にやらないと、なんか後ろめたい感じさえします。早く行かねば!
 

子供たちへ(2008.10.29)

先週末、まず上の娘に話しました。娘は中3、受験なのでショックを受けたらと躊躇しました。でもやはり話しておこうと。
 
「パパ、来月会社変わるんや・・・」「え~っ!」そして、何でこうなったかも説明しました。一所懸命に。話が終わると、なにやら勉強を始めてました。伝わったのかなあ?次に小6の息子に。「え~っ」同じリアクション。ゲームをしながら言ってました。それなりにわかったんでしょう。
 
子供たちへ伝えるのは重いですね~でも良かった。妻曰く、「なんかホッとしたよ」同じ気持ちです。
 

心ある仲間、思い出の場所(2008.10.29)

日中は、研修所で司会進行。そこは裏にのどかな公園があって、犬の散歩をしたり、子供と二人で野球をするお父さんの姿が見えました。仕事の合間、外から見える景色が好きでした。なんかほっとする感じで。夕暮れ時で、これでここともお別れか・・と少し郷愁にハマってしまいました。普通だと考えられないんですけどね・・・
 
夜は、昔、共にプロジェクトをやり切った仲間とのみました。久々にいい空気がながれました。「ファンをつくることですよ!」そうですね。ナイスアドバイスをもらいました。
 

最後の最後まで腹立つ会社(2008.10.30)

正式退職手続きをして,、出張と休みがあって、当然オープンになっているものと思って出社しました。が、まだ伝えてない模様。最終出社日まであと3日ですよ。引き継ぎはどうするのでしょう?勝手に出ていく身なので、えらそうなことは言えませんが、人を何だと思ってるんでしょう?いったい何なんでしょう、この職場。
 
妻に話すと、「パワハラがオモテに出るのを恐れてるんじゃない?」なんと小心なヤツや。最後くらい、気持ちよく出ていきたいけどこれでは無理ですな。
 
2日ぶりの出社で、メールがたまってました。退職あいさつに対する返信が12通。みんなあたたかいメッセージ。机で読みながら、あやうく涙が出そうなものもあり、まいりました。一人ひとりに感謝のコトバを送りました。とかやってると、あっという間に半日。
 
夜、新会社での4回目のミーティングの予定でしたが行くとキャンセルになったとのこと。昨日3時帰宅だったので助かりましたけど。たまたま前日のスケジュールのコピーがあったので見ると、何と朝9時から夜9時まで1時間単位にびっしり予定が入ってました。こりぁ、入った日からすごいことになりそうです。
 
若手営業マンが、「こんなとこ、取れましたヨ!待ってますから!」なんて言ってくれて、もう今すぐにでも来るヨ!って言ってあげたい感じ。現会社との格差です。
 

大切にしたい友人(2008.10.30)

娘の校内音楽会でした。中学校最後、自分の仕事も節目、ということで会社を休んで見に行きました。クラスで合唱をするのですが、その清らかな声、一所懸命な姿に感動しました。ふるさとを伴奏なしで聴きました。「志を果たして、いつの日にか帰らん」という詞に今の自分をダブらせてました。行って良かった!!
 
夜は、社外の人たちとの送別会。逆境の一年で、共に現場に出向き、新しい事を始めようとした一蓮托生の仲です。特別な一日ということで銀座の地、三軒、帰りのタクシーまでセッティングしてくれました。最後は唄いまくって、前途を祝してくれました。
 
「ずっと飲み友達でいてくださいね!」「こちらこそお願いします!!」心から感謝。私も一緒になって実現したかった新しい事業を起こしたいというたのしい話も。ぜひぜひ実現してほしいし、参戦したい話でした。
 

結構いるんですね〜転職する人(2008.11.1)

退職に伴う生命保険の手続きをしました。本題が終わった後、担当の人と雑談。「余談ですけど、ボクくらいの年齢でこういう手続きしてますか?」
 
「いや、結構多いですよ。特に40代前半で小学生の子供さんがいるとか・・・わたしの担当で、月お一人くらいはいますネ」「そんなに!でも大企業のグループはずれたり、そういうのってどうなんでしょう?」「違う業界へという方、多いですよ。やりたかったことがあるとか・・・」「へぇ~」
 
「みなさん、2週間前、サッと移るって感じですよ」「はぁ~」「たのしくやってるよって手紙をもらったりもします。」「そうなんだ・・・」
 
手紙が出せるようガンバラネバ「個人的にも転職考えてるのでまた教えてください」「経験談ならいくらでもいいですよ」元気になるいい会話でした。午後、念願の通勤定期解約も果たしました。
 
今日はメール挨拶第2弾。60人くらい送ったかな~すぐ電話をくれる人、しっかり思いを書いてくれる人、斜に構えたことを書く人、返事すらない人…こんなときにその人とのつながりや人間性が出ますね。面白いものです。最終出社日まであと2日。いよいよ秒読み。でも、まだオープンになってない!どういうこっちゃ!?
 

息子の授業参観(2008.11.2)

昨日は、小6の息子の「学校公開日」。今は参観日って言わないんですね。朝起きるなり、「今日、パパ来るのたのしみにしてるからね!」なんて普通言わないこと・・・余計に気合が入りました。
 
授業参観は、理科。理科室で、三葉虫とかアンモナイトの化石の型をとっていました。息子も私を意識しているのか、なんだかテキパキとやってました。その後、校内音楽会。学年全員でやるのですが、その一所懸命な姿に感動。先週、娘の音楽会に続き、連チャンで涙してしまいました。
 
娘の学校説明会で別行動をした妻に報告すると、「学校行事はまかせっきりだったもんね」とひとこと。そうなんですよね。思い返せば、ここ数年、最初は仕事に明け暮れる毎日、次は単身赴任、そしてこの絶不調の期間・・・子供の事を振り返ったことは少なかったように思います。この逆境をくぐり、改めて家族の絆の大切さ、痛感しています。
 

最終出社の日(2008.11.6)

いよいよその日が来ました。家を出る朝、妻と会話。「ついに最終日まで周りにオープンにしなかったよ。あいさつもせんとこう!って感じやな」「そう…でも自分は正しいことをやり切ってきなよ。非常識なやつはほっといて。わかる人にはわかると思うよ」「そうだね」玄関で「汚いものを全部落としてきなよ」と握手して送り出してくれました。
 
最終日も公表はありませんでした。もちろん、送別会の”そ”の字も。ま、やってもいらん話ですが。朝礼。アホ部長。「今日は、なんかあったっけ?」朝礼が終わった後、「あれ、できた?」仕事の引継ぎの細かい話。この場にいたって自分でやれって話です。正直切れました。ほんまに自分のことしか考えてない。
 
午前中、段ボールに荷物つめ。さすがに今までの転勤荷づくりとは勝手が違いました。誰も気にもしてないようで、自分のことで精一杯なんですね。というか、他の細かいことにはいつも耳ダンボの人たちなんですがね・・・自分に関心がないことにはこうなるのでしょうか?
 
昼は、たまたまうっとおしいメンバーがいなかったので、これまでの暗い態度を詫びました。午後、総務に手続きで行くと、総務部長が呼び止めます。「あちこち幹部が電話してきて大変なんだ。健康は大丈夫なんだな。次は本当に決まってるんだな。うん?」
 
「はい!お心遣いありがとうございます」(うるさいなあ~大騒ぎするなら、先に手を打てよ)保身ですね~ここまでくるとあきれます。
 
夕方から、上着を着て、あいさつがてらのお菓子配り…の準備をしているとアホ部長に呼び止められました。「まだ、誰も知らないんだ。年休は長くとるし・・・部長陣だけは知っているから、部長だけの挨拶にしてくれないか?」寸前でストップです。
 
「社員全員への挨拶メールも準備しているんですけど・・」「あ、それも打たないでほしいなあ。どうしようか?」「は?」メールの挨拶も打つなとの指示。結果、作り置きの文章を後日、部下に代わりに送ってもらうことにしました。(なんなんだ???)
 
アイツが出かけるとのこと、挨拶に行きました。「もう、会うことないのかな?ま、がんばって」「はい。お世話になりました」(お前、ほんまに何にもわかってないの?アホ!)
 
唯一、信頼を置くNO2の部長に挨拶。「おおー・・・ま、座って。・・・何でこうなったんだろう・・・今さらだけどもっと早くに話をきいておけなかったものかと反省している・・・」と目を潤ませて語りかけてくれました。「今日、荷物を片付けているから、もう来ないのかと気になっていたんだ・・・」(見ててくれたんですねしょぼん)「なんか事前に手は打てなかったのかと、あちこちから言われたよ・・・一度めしでも食おう。」「ありがとうございます!」
 
このクサッた部署でただ一つの光明でした。と大事な話をしてると、アホ部長が割って入ってきました。外からアイツが電話してきたらしく、いつ付けかは言わず、あいさつには回らせたらだって。ほんま、人の気持ちを何だと思ってるんでしょう。これが22年も勤めた会社の最終日と思うと、情けなさだけが残りました。後味悪い一日になってしまいました。とても残念です。でも、すべてが終わりました。スッキリです。
 
夜は、最高のメンバーで、最高の送別会をしてもらいました。当日は、時間が合わなかったので・・・と別の有志から送別の品までいただきました。本当に男冥利に尽きます。いつか、ちゃんと返さないといけません。

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