フリーエージェントアカデミー三宅哲之プロフィール詳細

主な経歴・実績

★ 企業組織人時代
日立系家電販売会社にて地域密着型ビジネスのマーケティング職、営業企画職を歴任。43歳でネット系ベンチャー立ち上げに参画(営業部長)、その後、健康食品中小企業営業トレーナーへ転じる。大企業、ベンチャー、中小企業を経験(23年間)。自主企画研修実施2500人超、CRMシステム立ち上げ全国2020店展開、現場コーチング&ファシリテーションで1年間で小売店売上3倍化12社、新規チームビルディング多数 (ゴールを共有したアツいチームづくりが得意分野)。
 
★ 創業後
経産省後援ドリームゲートアドバイザー研修・コーチング部門相談件数2011~2014年4年連続全国No1、ハイブリッドキャリア・自分サイズ起業コンサルティング立ち上げサポート180名、問題解決セッション1500名、セミナー・ワークショップ年間70回以上、ユーキャン週末起業講座添削指導3227件。職業訓練ワークガイダンス講師6校235名、職場を元気にする場づくり力研修(日清オイリオ株式会社、熊本商工会連合会等)メンタルタフネス研修(金沢商工会議所等)、チームビルディング&ファシリテーション研修、職場を活性化するコミュニケーション研修(荒川区役所・深谷商工会議所、福島商工会議所、NTTユーザ協会、新潟経営者協会等)、プレゼン研修(財務省)<2017年10月現在>
 

ご参考:三宅哲之が今日にいたるまでの足跡

1964年2月29日広島市に生まれる。香川大学卒業後、日立系家電販売会社に入社。
 
20代。現場での地域系列店(いわゆる街の電器屋さん)の販促マーケティングを担当。その後POSシステムの導入トレーナーをしながら、お店スタッフと膝つきで話し込む毎日を送る。地域密着型ビジネス、特に現場視点からの顧客関係づくりの実際を学ぶ。
 
30代。現場での実績が評価され本社へ転勤。関西時代に出会った信頼の取引先と共に現場で積み上げたノウハウを掛け合わせた自主企画システムを提唱。たった一人でゼロから全国行脚。現場の支持、上司の理解を得、少しずつプロジェクト化。最終100名を超える全国横断プロジェクトリーダーに抜擢される。同システム立ち上げ後、全国展開。
 
システム導入立ち上げ研修で全国を飛び回り、のべ2000人を超える営業マンや販売店にアツく語りかける。当時「三宅節」と呼ばれ一世を風靡。自身がつくったシステム名がそのまま部署名になる異例の事態で、新規部門を立ち上げる。33名のチームはその結束の深さから「伝説のチーム」と称される。
 

この間の実績が評価され、同期No1で管理職昇格。幹部候補生にも選ばれる。30歳前半で年収1000万を超える。
 

 
30代終盤~40代はじめ。絶頂期に会社の将来のためにの一心から本音でCEOに直言する事件をもとに急落のサラリーマン人生に一変、不遇の時代が始まる。以降数度にわたる降格、左遷、減給の末、部下いじめで有名な上司の直下で強烈パワハラを受ける。人事権をたてにした人格否定の1年間を送る。うつ状態、自暴自棄。四方八方真っ暗闇、出口の見えない状態に追い込まれる。自殺を考え電車のホームをふらついたことも。
 
この先どうなるものかと思ったある日、一人のカウンセラーと出会いトンネルの向こうに一筋の光が射す衝撃体験を得る。メンタルの重要性、相手の心の声に耳を傾けること、相手を認めることの尊さを身を持って知る。第二の人生へ踏み出す決心をする。
 
44歳、22年間勤めた大企業を辞し、ネット系ベンチャーに新規立ち上げに参画。営業部長として11名の営業スタッフを率いる。さまざまな経歴を持つ営業11名一人一人と向き合う。個性が強く、一匹狼の集まりだったメンバーをまとめ最高のチームづくりをするも、リーマンショックの煽りを受け3ヶ月で倒産、一斉解雇。
 
数ヶ月のハローワーク通い失業期間を経て、従業員30人ほどの中小企業へ再就職。30人を超える候補者の中から営業トレーナーとして選抜されるも、ワンマン社長から仕事を干されるパワハラを受け、またしても不遇の日々を送る。
 
46歳のとき、これまでの実体験、失敗経験を体系化し「天職デザイナー」として独立開業、フリーエージェントインクを設立。ゼロからはじめる自分サイズ起業の学校 天職塾を立ち上げる。188名(2017.10月現在)を超える門下生とともに同じ志の仲間づくりを加速、自由で自分らしく責任をもって自分サイズのしあわせをつかむ・・・日本版フリーエージェント社会づくりへ邁進している。
 
一方、焚き火を囲んでフラットなコミュニケーションをつくることを目的とした一般社団法人 日本焚き火コミュ二ケーション協会とともに2本柱で活動中。
 
⇒天職デザイナー三宅哲之52年間の人生ドキュメントはこちらから
 
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