50代からの生き方

役職定年を機に定年後の生き方を自分でつくった人の体験談実例

一定の年齢になったら管理職を離れ、一般職になる役職定年。実質降格になることに加え、給料も減ってやる気が失せていきます。それまで会社のために一生懸命にやってきた人ほど、「こんなはずでは・・・」とショックを受けます。だからといって落ち込んでばかりではお先真っ暗ですよね。役職定年を機にこれからの生き方を見直そう!そう思うことの方が大切です。本記事では役職定年の憂き目に遭ったことで新しい人生を踏み出したTさん(活動スタート時59歳|2020年現在65歳)の事例をインタビュー体験談をベースにご紹介します。

踏み出すキッカケになった役職定年

銀行で20年勤務した後、上場メーカーへ転籍した。欧州、米州、中国の海外営業部長など権限がある仕事を歴任した。役職定年を迎え内部監査や法務といった事務的な部署へ異動、仕事のテリトリーはだんだん縮小していった。今までと違って受け身の毎日。仕事に対する面白味を失った。それに加えて60歳を過ぎたら給料が大幅に下がる。そこまでして会社に残ろうとは思わなかった。

子供も巣立った。仮に失敗しても年金があればミニマムな生活はできる。どうせやるなら早い方がいい。残すところあと2年になった58歳。そんなふうに思っていたときFAAに出会った。昔から商売には興味があったが、何をやっていいかはないし全く自信もなかった。

人生の棚卸で蘇った学生時代の体験

海外関連業務で英語はそれなりにできた。何となく英語で何かをしようという考えしかなかった。人生の棚卸しをした。そこで鮮烈に蘇ってきたのは学生時代のバックパッカー旅行だった。目覚めた感じだった。予備校に行っているとき書店で一冊の本を見つけた。それがバックパッカーの本だった。絶対行こうと思いESSサークルに入り英会話を学んだ。渡航費もバイトで貯めた。計画通り大学2年から3年の間で1年休学した。

ユーラシア大陸横断の旅はヨーロッパから始めて中近東・アジア経由日本へ。翌日泊まるところも決めない、前の国でビザをとるというような感じ。行った先のホテルで皿洗いのバイトをして軍資金をつくる。いった先で新たな価値観や世界観を感じ取る。まさに放浪の旅だった。本当にたのしかった。あの時を超えるものはないと思った。そして自分がやるのはこれしかないと思った。思った以上はやるだけだった。

個人旅行はインターネットが主流になっている時代。決して成長産業とは言えない。ある意味逆風だった。でも自分なりのやり方で活路を見出せると思った。すぐに旅行業のことを調べ始めた。第三種なら数百万円の資本でもできそうなことがわかった。目標は決まった。会社を辞め、4ヶ月間集中して通信講座で勉強した。そして資格取得を果たした。資格を取った2ヶ月後に株式会社を設立、その翌月旅行業の認可を得た。

起業への道を歩み出す前のこと、夫婦で行った海外旅行に知り合いが同行したことがあった。こういう人がお客さまになり得るのかなという感触を得た。一般的に女性は地図に弱い。行きたい場所があってもそれをどう組み立てていったらいいかがわからない。誰かに任せたいと思っている。だからこちら側でプランを組んであげ連れていってあげる。どれだけお客さまが来るかはわからないけど、いけるのではないかと考えた。

金銭的リスクを抑えて起業スタート

さらに起業を後押ししたのは金銭的なリスクを抑えたことだ。失業保険から年金とつながれば最低限の生活はできる。失敗しても路頭に迷うことはない。最初に掛かるお金も極力なくした。事務所も自宅にした。例えば店舗をやると内装代など戻ってこないお金が発生する。外に出るお金はないし、現在も固定費として発生するものはほとんどない。

起業前にこんなお客さまにこんな商品サービスといろいろ思案したが、現在の状況は、試行錯誤の末にこうなったというのが正直なところだ。今のお客さまの9割は職業婦人だった女性たち。年代でいうと60代後半から70代でお子さんが巣立った方や未亡人といった方々だ。時間と年金に余裕がある人。だから滞在型の海外旅行へ行ける。おかげさまで今は毎年参加してくれる方もいて、その人が知り合いに声をかけてくれる。良いお客さまが良いお客さまを連れてきてくれることを実感している。

完全オーダーメイドの旅企画同行で

民泊を活用した「暮らすような旅」がコンセプトだ。「バルト3国に行ってみたい。クロアチアもね。あとは任せるわ」お客さまが行きたい場所をヒアリングするところからスタートする。どこへ何泊してどうつながるかを考える。直行便がどうなっていて、どことどこをバスで行くかなど行程を組む。「コンサートに行きたい」「オペラ鑑賞がしたい」「ショパンの国だからこんなことがしたい」ここではこうしたい、ああしたいを細かく聞きとりする。

「ラトビアにはパイプオルガンの教会がありますよ」各々の場所ではそこにしかない見どころを提案する。この間のお客さまとのやりとりはメールとスカイプ。キャッチボールは7〜8回に及ぶ。文字通り超オーダーメイドになる。打合せもないのに「さみしいからスカイプしようよ」そんなときもあったりする。

みんなグルメなので食にもこだわる。シーフードとか食べたいものに合わせて現地のレストランを数ヶ月前から予約する。するとレストランの対応も良かったりする。宿泊先は民泊なので自分で食事の準備をする。常連さんが朝ごはんをつくってくれることもある。片づけまでしてもらったり、どっちがお客さまかわからないときもある(笑)。先日はレストランでオーダーの仕方を英会話で教えてあげた。とてもよろこんでいただいた。起業当初は日本で英会話講座をやろうとも考えていたが、実際はこうして必要な場面でサポートしてあげる方が理にかなっていることがわかった。

お客さまによろこんでもらえ元気になってもらえるのが何にも増してうれしいことだ。例えば、ヘルシンキは新しい街並みだけど、クロアチアは中世からの歴史的建造物と美しい自然が両方たのしめる。治安もよく安全。グルメもたのしめる。そんな提案をして実際行くと「また行きたい」と言っていただける。そう言われると連れていった甲斐がある。うれしいしとてもやりがいを感じる。

旅先で足の悪い方をウーバーを使って観光に連れ出したことがある。すると帰国後に、主治医から「筋肉がついてますよ。よかったですね」と言われたそうだ。足が痛いとだんだん運動しなくなる。でも海外へ行くと物珍しさで見たくなって足が痛くても頑張ってしまう。70代の男性は旅行前にガンが見つかったけど、戻ってきたら消えていたという方もいた。旅行との因果関係はわからないがよかったと思う。

試行錯誤した起業初期

起業駆け出しの頃は、一人でも多くのお客さまを集めようといろいろなことをした。その中の一つで趣味サイト経由でカフェ会を企画した。合計すると何十人も来てもらったが結果一人もお客さまにならなかった。情報には興味があるがより安く行くことを目的としている人たちばかりだった。地元で近隣にチラシを何千枚も配ったこともある。これもうまくいかなかった。単に数を集めればいいということではない。一人であっても相手のニーズをきちんとつかむことの方が大事ということがわかった。

参加者からクレームをいただいたこともある。フレンドリーな対応はいやだというタイプのお客さまだった。前もってホテルと民泊の違いも理解いただけていなかった。お客さま扱いしてほしいのに民泊では納得いかないなど思い違いが起こってしまった。民泊という形態を事前にきちんと説明すること、一人参加のときの対応の仕方、お客さまを見定めることの大切さを学んだ。

新たな集客手法の開発

自分でお客さまを集めることにはいろいろと苦労した。その一方で新たに取り組みを始めたことがある。同業者の集まりがあり、幹事をやっている。そうした中で営業大好きでお客さまをたくさん持っている人とご縁ができた。その人は営業が得意だがオリジナルな旅行企画をするパイプを持っていなかった。例えばハワイ旅行に行くけど大人数家族みんなで泊まれる場所がほしいなどといったケースへの対応だ。そこを補完する形で協同して仕事を始めてみたところ形になり収益を得るようになった。

一方で同窓会などに積極的に参加するようになった。大学の同期がいて、自分の会社の職員向けに研修旅行をやりたいという話でつながった。まず幼児教育という分野の旅行企画コーディネートを始めた。現地在住の日本人を見つけて企画を立てる。今つながっている現地在住の方は、ご主人がスウエーデン人で日本語講師をやっている女性。こちらの要望を伝えてそれに合った特徴的な幼稚園をチョイスし視察する。現地の専門家に座学もやってもらう。

参加者した幼稚園や保育園現場の方たちから、ものすごく勉強になったと好評を得ている。幼児教育の目標は地球環境などの国連が掲げた17の分野から抽出。グローバルな視点で地球人としてどうあるべきかを問うものだった。社会的なやりがいを感じた。次は海外の老人福祉施設をまわる研修企画を手がけることになっている。今後はこうした研修企画旅行にも力を入れていきたい。

新しいものを見てみたい。知らないところへ行ってみたい。行かないとその国のことはわからない。シンプルに自分の興味関心がある。周辺の国に下見旅行と称して行ったりしている。自分がたのしいことをやるのが一番だと思う。「お客さまを連れていくこと以前に自分が行きたいのが一番ですから(笑)」これはインタビューを傍らで聞いていた奥様の談。

夫婦で協働する介護旅行

妻が手がける成年後見人のお客さまのニーズに合わせ、日帰り旅行にお連れするサービスも行っている。いわゆる介護旅行という分野だ。介護を受けている人を近場の旅行に連れていったり、お墓参りに同行するサービスも行なっている。月1開催するランチ会はそういう方に定期的に外出したり買い物したりできる場になる。寝たきりのおじいちゃんには毎週DVDを届けている。週1回誰かに訪ねて来てほしいというのが本当の目的。認知症だが、通っているうちにだんだん頭がはっきりしたり聞き取れるようになった。おじいちゃんは家族のように同じ人が来るのを望んでいる。介護施設では個人のサポートまで手がまわらないのでそこをやってあげている感じだ。

ビジネス以外にもさまざまな人のつながりができたこと、お客さまがよろこんで元気になるのを見るのが起業して良かったことと言える。これからも暮らすような旅がベースにしながら、研修旅行など団体へのオリジナルでより社会性のある旅行企画を増やしていきたい。60代半ばを過ぎ、これからがますますたのしみになっている。

定年後の新しい生き方成就のポイント

金銭的なリスクがない起業

起業の失敗確率をもっとも上げるものがお金です。特に初期投資にお金を掛けてしまうと大変な状況に陥ります。なぜなら起業当初は思ったように収益が上がらないからです。収入がないのに出費は今まで通り。それだけでも苦しいのに、さらに初期投資した事業ローンの返済があるとしたらどれだけのことになるか容易に想像がつくと思います。

現在固定費として発生するものがほとんどありません。失業保険から年金とつながれば最低限の生活はできる。失敗しても路頭に迷うことはありません。最初に掛かるお金で考えても、例えば店舗をやると内装代など戻ってこないお金が発生します。私の場合は外に出るお金はありません。旅行費用もお客さまから前払いでいただく方式にしています。金銭的なリスクのない起業を意識しました

Tさんは言います。多くの場合、自分の店舗や事務所をもつことばかりに意識がいきます。そのためには資金が要る、だから借り入れしないといけない。当たり前のように考えてしまいます。これが大きな間違いです。スタート時にお金をかけない、スタートしてからもできるだけ固定費は抑える。身の丈のシゴトづくりを成功に導く大原則です。

「だれが」「どうなる」の具体例

ビジネスの根幹に「だれが」「どうなる」という2つの軸があります。商品サービスを提供することでどんなお客さまがどんな価値を得るのかという意味です。この2つが定まっていないビジネスはお客さまに伝わりません。田辺さんの場合は「シニアが元気になる」というものです。大枠はこれですが具体的にどうなるのかを描くことができません。

旅先で足の悪い方をウーバーを使って観光に連れ出したことがある。すると帰国後に、主治医から「筋肉がついてますよ、よかったですね」と言われたそうだ。足が痛いとだんだん運動しなくなる。でも海外へ行くと物珍しさで見たくなって足が痛くても頑張ってしまう

インタビュー内にあるフレーズです。これが「シニアが元気になる」という具体例です。旅行自体ではなく、旅行に行くとどうなるかが重要です。これを価値と言います。お客さまは商品サービスそのものがほしいのではなく、それを購入することで今抱えている悩みを解決したり、望みを叶えたいと思っています。悩みや欲望はお客さまがどんな人なのかがわかっていないと真意をつかむことはできません。こうした具体例の積み上げることでお客さまは自分が「どうなるのか」が明確にイメージできるようになります。「だれが」「どうなる」は顧客と価値。その意味を理解してください。

これまでの人のつながりを大切にする

起業したら人脈をつくらないといけない。どうやって広げていけばいいのだろう?だれもがそう思います。でも本当の人脈って何でしょうか?一度考えてほしいと思います。「研修旅行は大学時代の友人が社会福祉法人の理事長をやっているところからシゴトになっていきました。

60歳を過ぎるとOB会や同窓会に参加するようになります。新しい人のつながりばかりではなく、自分の過去に戻ってみたらいいと思います。中学、高校、大学、前職など元々お互いを知っている人に「こんなことを始めたんだよ」と話してみる。「何かあったら頼みたいね」となったりします。」Tさんの談です。

人脈とは人のつながりです。自分にとってメリットありきで探して見つかるものではありません。お互いの人となりを知っていて、相手のためなら自分の損得を考えず応援してあげようと思えるような関係性です。人脈を広げるものではなく、つながりを確かめ合うものです。人となりを知り合っている人はどんな人ですか?人となりを知り合うために何をしたらいいですか?ここから始めていきましょう。

収益源を複数つくる複業

「私の場合は、年金に加え、暮らすような個人旅行、民泊、介護旅行をやっています」Tさんの事例です。これを複業と言います。事業を継続していくには複数のシゴトをもった方がベター。それには2つの理由があります。1つ目は一つだけだとそこで収益が見込めなくなると生活が成り立たなくなるから。その意味で複数の収益源をもっておくことはリスクヘッジになります。2つ目は興味関心があることをやっていけるということです。やってみたいと思うことにすぐチャレンジできるのが起業の醍醐味。仮にうまくいかなかったとしてもいくらでもやり直しは効きます。

複業にする際に注意しないといけないことがあります。まず物理的にシゴトをまわしていけるのかというキャパの問題です。キャパオーバーは自分の身体に跳ね返ってくることに加え、お客さまにも迷惑をかけることになります。もう一つがやっている複業が根っこにある自分軸に結びついているか否か。思いつきでやったものは長続きしません。この2つを意識においてやってみることです。

夫婦で協働する

起業へ向け家族の理解が必須ということは何度かふれてきました。理解を超えて一緒にシゴトをするというスタイルもあります。まさに夫婦一心同体という働き方です。Tさんは奥様が手がける成年後見人のお客様のニーズに応える介護旅行サービスを行っています。

「妻がやっている仕事を旅行分野で手伝えるところをやっています」「主人とは仕事仲間。なくてはならない存在です。この仕事をやってもらうのが条件で起業することを承諾したんですよ」と笑って奥様。「起業が成功するのは家族の支え、理解が必須ですね」相互にメリットがある。

「もがいているうちに形になっていった感じですね。何より若くなりました。サラリーマン定年間際は疲れていました。今は毎日活き活きしています。たのしそうだし笑顔が増えました。本当にやって良かったと思います」

とは奥様の言葉。ご夫婦一緒に第二の人生をたのしむ新しい生き方がここにあります。

編集後記

もう6年くらい前になるでしょうか?Tさんと初めてお会いしたときのことを思い出します。「もう会社なんてやってられない。どうしたらいいだろう?」下を向いて眉間にしわを寄せて暗く難しい表情をされていました。海外で仕事をしていたので通訳でもできないか・・・そんなことを考えていらっしゃいました。「ほんとにそれでたのしい人生になりますか?」と質問しました。「だってそれぐらいしか思いつかないですよ」こんなやりとりだったと記憶します。

今はまったくの逆。持ち前の人懐っこいニコニコした笑顔でたのしそうにいきいきと自分のシゴトについてお話しになっていました。傍らで聴いていらっしゃった奥様との良い関係も印象的でした。「民泊のお客さまがいらっしゃったとき、『ここが彼の会社ですよ』というとクスクス笑っているんですよ」と奥様。「そうそう、でもね、机とパソコンがあればカンパニーですから」とTさん。これから新しい時代の働き方を表現する名言。心に残るインタビューをさせていただきました。

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